本文へスキップ

アジア・ウオッチ・ネットワークはアジアに幅広い取材アンテナを張ります。

アジア・ウオッチ・ネットワークAsiaWatchNetwork


見出し特別供覧 「金日成主席と日本」   11.侵略者と人民は違う  
日)

 朝鮮がチョンリマ(千里馬)を駆る勢いで目覚ましい発展を遂げていた頃、朝鮮に対する日本政府と親米的な右翼政治家の態度は総じてきわめて挑戦的であった。彼らは、日本が朝鮮を植民地支配していた時に犯した数々の罪業について、謝罪はおろか日本の植民地統治が朝鮮に恩恵をもたらしたと公言し、日本が南朝鮮を再び侵略し支配するのは当然なことだとしていた。
 「韓日会談」が開かれていた1953年10月、日本側首席代表久保田貫一郎は、「日本が朝鮮を支配したことは朝鮮民族に有益であった」と公言した。1958年6月、「韓日会談」日本側首席代表沢田廉三は、「…われわれは三たび立ち上がって38度線を鴨緑江の外へ押し返さねば、祖先に対して、先輩に対して申し訳がない。これは日本外交の任務である」との暴言を吐いた。「韓日会談」日本側代表らのこうした発言は、日本支配層の本心を代弁するものであった。以下、彼ら支配層の発言を再録してみよう。

 1960年1月23日、衆議院にて首相岸信介は、「日本の自衛権が南朝鮮と台湾にまで拡張されなければならない」と言明した。1962年1月、首相吉田茂は、「日本は伊藤博文の道に沿って朝鮮に扶植しなければならない」と述べた。1962年4月23日、首相池田勇人は、「過ぐる40年間の韓国占領期間、日本が韓国を開発しておいたので、韓国に対して借りはないと思っている」と述べた。
 首相佐藤栄作は、日本軍国主義者が「大東亜共栄圏」という語とともに、アジア制覇を正当化するために好んで使った「八紘一宇」という語を極力弁護し、「戦後に、この『八紘一宇』は帝国主義の表現だとか侵略主義の別称だとか言う人もいるが、わたしはどうしても『八紘一宇』の真意はそういった帝国主義的なものではないと思う」と述べた。1962年9月、外相大平正芳は、米国務長官ラスクと「韓日会談」に関して一連の合意を見た後、ラスクに「アメリカは多くの売り場を受け持っているデパートの売り子みたいで、そのほかにも立派な売り場を持っているので、韓国という売り場にまでは手が回らないようだ」と言った。1963年4月5日、首相池田勇人は、「韓国民族に対する日本の研究はアメリカよりずっと進んでいるが、日本は韓国に関連して40年以上の経験がある」と述べた。

 彼らの一連の暴言は朝鮮人民の憤激を呼び起こし、世界の進歩的人民を驚愕させた。こうした時、朝鮮民主主義人民共和国創建15周年慶祝行事に参加する日本社会党国会議員団と日朝協会代表団が平壌に到着した。空港には「栄えあるわが祖国朝鮮民主主義人民共和国創建15周年万歳!」「賓客のみなさんを熱烈に歓迎する!」と書いた横断幕が掲げられていた。代表団がタラップを降りると、待ち受けていた勤労者たちが手旗や花束を振って熱烈に歓迎した。その夕、日本社会党国会議員団は記者会見を行った。記者会見には平壌市内の新聞、通信、放送の記者が参加した。席上、山本幸一団長は、朝鮮の友人たちの盛大な歓迎に謝意を表するとして、次のように述べた。
 「わたくしたち日本社会党国会議員団は朝鮮対外文化連絡協会の招きにより、今し方到着しました。日本では朝鮮民主主義人民共和国は『近くて遠い国』と呼ばれています。そのため、わが日本社会党は貴国訪問を熱烈に希望しながらも、なかなかその機会を得ることができず、この度ようやく社会党を代表する初の使節団として訪問することになりました。これは、言うまでもなく、池田政府が、貴国における偉大な社会主義建設の発展と日朝両国人民の提携を恐れて、両国間の一切の往来と交流を妨害しているためです。しかし、日朝間の友好関係発展は両国人民の一貫した希望であるため、誰も妨げることはできません。実際に、日本の多数の人士が池田政府の圧迫と難関を克服して貴国を訪問しており、その中にはわたくしたちの同志もたくさんおり、貴国の歓待を受けました。………
 まだ日本に居住する朝鮮人も祖国の社会主義建設の発展に励まされ、また日本の民主勢力の強力な支持のもとに、今、『祖国往来』を実現するために勇敢にたたかっています。わが日本社会党もこのたたかいを全幅的に支持しています。在日朝鮮人の『祖国往来』がついに実現される日も決して遠くないと確信しています」。
 山本氏は、日朝間の友好的な往来および交流とともに、今日、両国人民の前には祖国の完全独立とアジアの平和維持のための多くの共通の問題があり、たたかいがあると指摘し、こう続けた。「アメリカ帝国主義と池田政府が陰謀を巡らせている『日韓会談』を打破し、東北アジア軍事同盟実現の陰謀を粉砕しなければなりません。アメリカ軍を自国の領土から撤退させ、その軍事基地を撤去しなければなりません。そしてまた、すべての核兵器を廃棄し、核戦争を阻止するためにたたかわなければなりません。こうした共通の諸問題に直面しているため、日朝両国人民の戦闘的友誼は、祖国の完全独立と民族の統一を達成し、アジアの平和を保障する道となります。わが日本社会党は、貴国における『千里馬』的な社会主義建設に深い敬意を表するとともに、それが朝鮮の民族統一の確固たる物質的基礎となると確信しています」。
 山本氏は、疾風のごとき発展を遂げている朝鮮民主主義人民共和国の栄えある創建15周年を朝鮮人民とともに慶祝できることをこのうえなくうれしく思うとし、朝鮮に滞在する期間は短いが、日朝両国人民の友好関係と連帯の強化のために、アジアにおける平和維持のために、朝鮮の指導者たちと胸襟を開いて意見を交換するつもりであり、朝鮮人民とできるだけ広く接触して所期の目的を達成するつもりだと述べた。

 金日成主席との会見を期待していた社会党代表団の願望は1963年9月19日に実現した。その間、社会党代表団は朝鮮民主主義人民共和国創建15周年記念行事に参加し、代表団を歓迎する平壌市民集会にも参加していた。
 会見席上、主席は歓迎の意を表し、「団長先生が立派な演説をして朝鮮人民のたたかいを励ましてくれたことに謝意を表します」として、あなたがたは昨日帰国する予定だったが、わたしに会えなかったため日程を延ばしたそうだが、すまなく思う、あなたがたもご存知のように、今わが国には共和国創建15周年記念行事に参加した多くの外国代表団が滞在しているので、あなたがたに会うのが少し遅くなった、理解してもらいたい、あなたがたのこの度のわが国訪問が、朝鮮労働党と日本社会党間の連係を強め朝鮮と日本両国人民の友好関係を発展させるうえで重要な契機になるものと思うと前置きして話を続けた。
 「朝鮮と日本は海を隔てた近くの国であり、両国人民は今後親な間柄になれると思います。かつて日本は他国を侵略する罪業を犯しました。もちろん、これは日本帝国主義者が犯したのであって、日本人民が犯したのではありません。朝鮮人民はわが国を侵略した日本帝国主義者を血塗られた仇敵と見なしていますが、日本の広範な人民と進歩的士に対してはそう考えていません。われわれは、かつて日本が犯した罪業の歴史が二度と繰り返さないようにするため、日本人民と手をとってたたかう用意があります。朝鮮人民はアジアの平和を守るため、日本人民とともにたたかっていくでしょう」。
 一同は、日本政府上層部の暴言には一切触れず、自分たちと打ち解けて話を進める主席の言葉に熱心に聞き入っていた。主席はそんな彼ら一人一人に温かい視線を投げかけ、今日、朝日両国人民には、アメリカ軍を自国から追い出し、自由かつ平和に暮らせる条件を整え、アジアの平和を守るために、ともにたかわなければならない共通の任務が提起されている、今、世界平和と安全を蹂躙し、朝鮮の平和的統一を妨げているのはほかならぬアメリカ帝国主義者であると強調して、アメリカ帝国主義の侵略的本性について言及した。
 「アメリカ帝国主義は、南朝鮮に足を踏み入れたその日からわがもの顔に振る舞いながら、無辜の人民や愛国者を手当たりしいに検挙、投獄し、虐殺し、今もあらゆる蛮行をためらうことなく働いています。アメリカ帝国主義は、共産主義の『侵入』を防ぐだの、共産主義の『侵略』から『保護』するだのと言って、南朝鮮を自分たちの植民地、軍事基地にし、わが国に対する新たな侵略戦争を挑発しようと狂奔しています。アメリカ帝国主義侵略軍を南朝鮮から追い出すことなしには、朝鮮の平和的統一を成し遂げることができず、朝鮮人民が平和に暮らすことができません」。
 主席は、アメリカ帝国主義侵略軍を南朝鮮から追い出せば、朝鮮の平和的統一に有利であるのは言うまでもなく、日本の安定を保障するうえでも有利であり、ひいてはアジアの平和を守るうえでも有利である、日本人民もアメリカ軍が自国を占領しているのをよく思っていないだろうとして、こう続けた。
 「今、アメリカ軍は日本に駐屯して、日本を自分たちの軍事基地にしています。われわれは、アメリカ軍が日本でもわがもの顔に振る舞いながら、あらゆる悪事を働いているだろうと考えています。したがって、アメリカ軍を追い出すことなしには、日本人民も自由に暮らすことができません。ですから、朝日両国人民が共同でたたかって、アメリカ軍を南朝鮮と日本から追い出さなければなりません。そうしてこそ、両国人民の共通の念願が実現されて自由に暮らすことができ、アジアの平和を守ることができます。朝鮮労働党と日本社会党は、アジアの平和を守り、朝鮮と日本間に善隣関係を結ぶためのたたかいを強力に展開すべきです。朝鮮と日本が善隣関係を結んで仲よくし、ともに発展するのは悪いことではありません。わたしは、あなたがたもわが国が早く富強になるのを悪く思わないだろうと信じています。隣国同士ともに豊かに暮らしてこそ仲よくでき、互いに助け合いながら早く発展することができます。朝鮮と日本間に善隣関係を結ぶためには、まず両国間に多方面にわたる交流が実現されなければなりません。ところが今、日政府の非友好的な態度のため、朝日両国間にはまだ交流が実現されていません。われわれは常に扉を開け放っています。扉を閉ざすのは愚かなことであり、国が滅びる道です。………
 今、日本政府は、わが国の代表団が日本を訪問するのを必死に反対しています。日本にも共産党があり、外国の多くの共産党表団が訪れているのに、日本政府がなぜわが国の代表団が日本へ行くことだけはそんなに反対するのか理解できません。日本政府は、日本に住んでいる朝鮮人に南朝鮮には往来させながらも、共和国北半部に往来するのは禁じています。これは、日本政府がわが国に対して差別・敵視政策を実施していることを意味します。今、朝鮮と日本間に往来と経済・文化交流が実現していない原因は、日本当局が反対していることにもありますが、アメリカ帝国主義が裏で日本政府に圧力をかけていることにより大きな原因があると思います。南朝鮮の為政者たちや日本の当局者たちはアメリカ帝国主義を離れては生きることができないので、アメリカ帝国主義の要求と圧力に屈して彼らの言いなりになっています。あなたがたがどう考えているかは存じませんが、わたしは、わが国と日本間の往来と経済・文化交流の実現を妨害している基本張本人はアメリカ帝国主義者だと考えています」。
 主席は、この度日本社会党は国会議員団の朝鮮訪問を実現させるため、日本政府と頑強にたたかって初めて平壌へ行ける旅券を手にしたとのことだが、非常によいことだと思う、今後は数人規模の代表団ではなく、両党の人士と両国の人民が互いに自由に来できるようにするために積極的にたたかうべきだと述べた。これに応えて代表団団長は、日本に帰ったら今後、朝鮮代表団の日本訪問の実現をはかって尽力すると語った。
 主席は謝意を表明し、しかし、わが国代表団の日本入国問題が解決するまでには少し時間がかかるだろうと、微笑して言った。
 「この問題がすぐに解決されないからといって、あなたがたがすまなく思うことはありません。今後、民主主義のための日本人民の大衆運動が盛り上がれば、朝日間の交流問題も漸次解決されるでしょう。朝日間の交流は相互平等の原則に基づいて行われなければなりません。関係部門の活動家の報告によると、最近、日本の記者たちがわが国を訪問したいと提起したことがあったそうです。日本の記者たちがわが国を訪問したいと提起したのは歓迎すべきことです。しかし、わが国の当該機関では日本記者のわが国訪問を承認しませんでした。それは、わが国の記者たちが日本を訪問したいと提起した時、日本政府が拒絶したことに関連しています。われわれは、国家間の関係は絶対に一方的なものや不平等なものになってはならないと認めます。国家間の関係はあくまでも平等でなければならず、相互主義の原則に基づいて結ばれなければなりません。世界には大きな国と小さな国はあっても、地位の高い国と低い国はありえません。国家間では常に平等と互恵の原則を尊重しなければなりません。どの国も他国の内政に干渉してはならず、国際法もすべての国に公正に適用されなければなりません。われわれは、こうした原則をただ資本主義諸国との関係においてのみ守るのではなく、社会主義諸国間の関係においても守らなければならないと主張します。そうしなければ、国家間に従属と支配の関係が許容されるようになります。そのため、わが国の活動家は、日本の記者たちがわが国を訪問したいと提起した時、それに同意しなかったのです。それ以外に理由はありません。われわれは日本社会党のたたかいを支持します。日本社会党と日本人民が『日米安保条約』の改悪と『韓日会談』に反対して積的にたたかっているということをよく耳にしています。この席に参加した代表団の方々は国内で『韓日会談』に反対してたたかったとのことですが、われわれはあなたがたのたたかいを有り難く思っており、今後、正義のためのたたかいで大きな成果を収めよう期待しています。われわれは今後、朝鮮労働党と日本社会党間の関係を良好に発展させるつもりです。これは両国人民の利益のためにも必要です。日本社会党が政権を握ることができなかったからといって、それが両党間の平等な関係を発展させるうえでの支障にはなりません。われわれは、わが党と連係を持っているすべての党に平等に対しており、彼らとの友好を発展させるために努力しています」。
 主席の言葉の端々には、日本社会党に対する強い支持と共感の意がこもっていた。代表団一同は、朝鮮に来て各所を参観し、多くのことを見聞し感じたとこもごも語った。主席は、わが国を見て感じたことがあったら忌憚なく話してほしい、われわれはそれを少しも悪く思わない、互いによい意見を交換しながら助け合ってこそ友好をさらに深めることができると言った。彼らは、朝鮮の諸工場を見て感じたことは、自立的民族経済を建設し、生産と人々の思想改造を同時に推し進めていることだとし、これには深く感動したと述べた。
 彼らの所感を聞いた主席は、これまで日本社会党は総聯の活動をいろいろと支援してくれた、総聯議長と日本から帰国した同たちから、あなたがたが総聯と緊密な連係を保ち、総聯の活動をいろいろと助けているという話を聞いた、日本社会党はわれわれが在日朝鮮同胞の帰国を実現させるためのたたかいを展開した時にも、われわれを積極的に支持してくれた、われわれはそれを忘れておらず、有り難く思っていると、重ねて謝意を表した。会見は終わった。 一同は、思慮が深く、人間味に富んだ主席に魅せられ、別れを惜しんだ。主席は団長の手をとり、団長先生は帰国したら、訪朝期間に見感じたわが国の社会主義建設の模様を自党に具体的に報告し、朝鮮人民が表した友好の情を日本人民に伝えると言われたが、感謝する、帰国したら、日本社会党の党員と日本人民に朝鮮人民の連帯の挨拶を伝えてほしい、そして、今後わが国に多くの代表団を送ってもらいたい、わが国には名勝も多い、わが国にたびた来て休息をとり、参観もするのがいいだろう、朝鮮人民は善意をもってわが国を訪れるあなたがたをいつも温かく迎えるだろうと言った。
 主席の接見を受けて帰国することになった山本幸一団長は、平壌を発つに当たって別れの挨拶を述べた。氏は、社会党使節団は朝鮮対外文化連絡協会の招きによる2週間の朝鮮訪問を終え、帰路に就くことになったとして、自分たちを誠心誠意歓迎し、細かく気を配ってくれた朝鮮人民に心から感謝すると述べ、滞在期間、自分たちは朝鮮民主主義人民共和国創建15周年慶祝行事に参加して朝鮮の社会主義建設の発展を祝っとして、長時間にわたって友好の情あふれる雰囲気の中で自分たちに会ってくれた金日成主席への謝意を表した。氏は、朝鮮訪問の所感についてこう語った。
 「共和国を訪問し、みなさんがおのおのの仕事場で社会主義建設の高峰をめざして、7カ年計画を遂行するために奮闘している姿を見て、非常に深い感銘を受けました。特に、日本から帰国した人たちが勤労戦線で自負と自信を持って働いている姿は、わたしたちにとって非常にうれしいことでした。今日、日本にいる60万を超えるみなさんの同胞は、アメリカ帝国主義と池田政府の二重の抑圧のもとで生活しながら、彼らの祖国――朝鮮民主主義人民共和国への自由な往来を要求してたたかっています。日本人民は、在日朝鮮公民のこうしたたたかいを全幅的に支持しています。わたしたちはまた、貴国の党と政府と人民が一体となってアメリカ帝国主義に反対し、祖国の自主的統一をめざしてたたかっていることに深い感動を覚えました」 。
 氏は、日朝両国人民はアメリカ帝国主義の侵略政策と軍事的冒険によって共通の環境に置かれており、共同でたたかわなければならない使命を担っているとして、次のように続けた。
 「わたしたちは当面、まず『日韓会談』を打破して、南朝鮮を引き続き占領し、『東北アジア軍事同盟』の結成を企図するアメリカ帝国主義の陰謀を粉砕しなければなりません。わたしたちは貴国を訪問して、平和と完全独立のために日朝両国人民の国際連帯を強め、『日韓会談』を断固粉砕する決意を新たにしています。今日、日朝両国間には、アメリカ帝国主義と池田政府によって人士の往来、文化・経済の交流など全面的友好発展の道が閉ざされていますが、なんぴとも友好と連帯を強めるという両国人民の意志を抑えることはできません。わたしたちは、日朝両国人民が相互の友好関係を全面的に発展させる日が
必ず来ることを確信するとともに、われわれの訪朝がこの事業に重要な貢献をなしたと信じています。金日成元帥をはじめ指導者たちの厚い配慮に心から重ねて謝意を表し、朝鮮のみなさんの熱烈な歓迎と温かい友情を胸に刻んで帰国するしだいです」。
 かわいらしい朝鮮の少女たちから贈られた花束を胸に抱き、群衆の歓呼の声を背に受けながらタラップを上る彼らは、人類の平和と友好をめざす道で、信頼を寄せ、愛情をそそいでくれた金日成主席に対する感謝の念にあふれていた。