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見出 特別供覧 「金日成主席と日本」 127. 近くて近い国に   128. 2時間と36時間  
日)

9127.近くて近い国に

 武村正義滋賀県知事(のち自民党衆議院議員)は、1985年6月11日〜18日の朝鮮訪問中、金日成主席の接見を受け、朝鮮の統一問題、日朝間交流問題などについて話し合った。以下は彩流社の雑誌に掲載された氏の訪朝印象談である。

特殊の国でない普通の国
――今回の朝鮮民主主義人民共和国訪問の目的は。
武村 今回の訪問は琵琶湖毎日マラソンに朝鮮の優秀な選手を招待することに主な目的がある。私と県の職員、体育関係者、さらに主催者の毎日新聞記者、琵琶湖毎日マラソンを全国放送しているNHK の記者が同行した。この問題については朝鮮体育指導委員会の副委員長と話しあった。最終的な決定は10月になるということだが、わざわざお越しいただいたということで、実現の方向で努力します、という色よいご返事だった。われわれの訪朝の目的は100パーセント達成できたので喜んでいる。琵琶湖毎日マラソンは1982年からアジアの選手を招くマラソンとしてスタートした。朝鮮にも過去2回とも招へい状を出したが、参加してもらえなかった。大会には中国、インド、タイ、シンガポール、韓国の選手が参加した。朝鮮は北京マラソソで優勝するなどアジアの中では日本とならんでマラソンが一番強い国ではないかと思っている。朝鮮からすばらしい選手が参加することになれば、琵琶湖毎日マラソンがいっそう引き立つのではないかと期待している。

早く「近くて近い国」に
――知事は初めての訪朝だが、どのような印象をうけたのか。
武村 日本人にとっては朝鮮は歴史的にも地理的にも一番近い国の一つだ。にもかかわらず、戦後40年の間、依然として遠い国のままだ。歴史のかかわりを考えると、この関係は誰が考えても不自然だ。もっと近くて近い国になるべきだという思いで朝鮮の地を今度初めて踏んだわけだ。率直に言って私の気持ちの中では、かなり近い国になったような気がしている。行く前は、べつに朝鮮について先入観をもっていたわけではないが、やはり交流不足ということで「いったいどういう国だろう」という気持ちがあった。しかし、実際にこの目で見てごく普通の国で、そう特殊な国ではないという印象をうけた。
 平壌や開城であちこちの施設をみたり、街並み、人々の生活ぶりをみると、少なくとも日本でいわれているよりはるかに人々の表情も明るく、態度もキビキビしている。とくに平壌は大へん都市建設がしっかりしている。道路も広く、公園も多い。緑が豊かな美しい都である。道や公園にゴミがほとんど落ちていない清潔な国である。これは私だけでなく、全員の印象だ。
――ヘリコプターで平壌から開城まで飛ばれたようだが、上から見た眼下の風景は。
武村 日本もそうだが、山が多いなと思った。話を聞くと国土の8割が山地ということだった。農村を見ても段々畑やまがりくねった田んぼが目についた。その中でも、日本でいう土地改良事業がさかんに行われていた。説明によると平野部では3ヘクタール位の広さの田んぼにするということだった。これはかなり大きいもので、朝鮮にも機械農業というか、近代的な農業が徐々に普及しつつあるなと思った。ちょうど田植えが終わった時期だったので、田んぼの中にしゃがんで草取りをしている人の姿もみかけた。私も百姓の息子なのでなつかしく拝見した。国土全体にダムづくりや灌漑建設がさかんで、近代化が全面的に進んでいるという印象をうけた。

民族分断の悲劇を実感
――板門店では南北を冷たく分けるコンクリート製の障壁をみられたようだが。
武村 やはり日本人というのは、戦後40年間、平和のなかにどっぶりつかっている感じだ。軍事境界線をまのあたりにして、一つの民族が二つに分断されていることの悲しみや怒り、苦しみを肌で感じた。朝鮮半島だけではなく、国際的な緊張でもあるその現実にふれ、目をさまされるような気になった。今は決して戦争が終結したわけではない。ある意味で戦争はつづいている。この不幸な事態をよく理解できたように思う。それだけに異常な状態が一刻も早く解消されることを願わずにはいられない。
――金日成主席にお会いになった印象は。
武村 主席との会見は当初予定されていなかった。お目にかかれればうれしいと思ってはいたが、今回はマラソンの招待が目的だったので無理かなと思っていた。しかし、同行した新聞記者が大へん強く要望したこともあり、実現できた。主席は咸鏡北道明川郡にある名勝地として知られる七宝山に滞在中だった。われわれはそこに飛行機で行ってお目にかかった。解放後のこの地方に日本人が来たのは初めてだといっていた。主席は今年73歳(1985年当時)になられたばかりだが、とてもお元気そうで一見したところ60歳ぐらいにしかみえなかった。うんと若く感じた。話も大へん力がこもっており、覇気のある方だと思った。席上、主席は南北対話にふれ、「われわれは朝鮮の自主的平和統一のためにあらゆる努力を惜しまない」とのべた。さらに米ソの軍縮交渉がはじまっているが、それがうまくいけば、アメリカの対「韓」政策にも変化が出るかも知れない。そうなれば南北の統一の見通しは明るくなるだろう、とのべた。アメリカ軍が韓国にあれだけ駐留し、米ソ間の対立をあおり、朝鮮半島だけでなく世界全体の緊張になっている。こういった広い視野でこの問題が前進をとげなければならないという厳しい認識だと思った。さらに現在南北間でつづけられている国会、赤十字、経済会談については、今後ともつづけていくという確固としたお話だった。
――会談の雰囲気はどうだったのか。
武村 主席とはタバコの吸いあいをしていた。お目にかかっている2時間の間、主席は終始ニコニコしておられ、なごやかな雰囲気だった。私がその昔、滋賀に多くの百済人が渡来し、住みついたことやその遺跡が今も数多く残る地域で生まれ育ったことを申し上げた。そして在日朝鮮人の大会に出席するたびに、こうした古くからの日朝関係にふれながら「私は半分朝鮮人や」とあいさつしています、というと笑っていた。

合弁で活気づく平壌
――今後の日朝関係の交流をどのように考えているか。
武村 主席にはまず交通の面から日朝関係を近くて近い国にしましょうといった。私の場合、滋賀―東京―北京―平壌のコースで35時間もかかった。地図でみる限り、もし東京―平壌間の直行便があればうんと短くなる、といった。主席もそうだ、そうなれば東京から2時間で来れる、大賛成だといっていた。さらに私は新聞記者の交歓や貿易問題についても、政府間は難しいだろうが、かつて日中間で行われていたLT 貿易のような民間同士の交流のあり方を是非考えてほしいとのべた。
 主席はこれらについても原則的に賛成だとのべていた。今、朝鮮では合弁法が公布され、仏、スイス、北欧などと合弁事業が進んでいるようだった。平壌市内には在日朝鮮人企業との合弁で楽園百貨店がオープンしていた。私も行ってみたが、小さいがサービスのいき届いた感じのよい店だった。大同江の中州には仏との合弁ホテルの建設がはじまっていた。主席は本当は日本が一番近いので建設費も安くつく、日本と貿易したり、合弁を考えるのが一番いいのだ、といっていた。日本のばあいは韓国との関係やアメリカとの関係があり、門戸が閉ざされている。そのなかでも朝鮮は日本との交流を期待している。一挙に日朝関係が進んではいかないだろうが、現実の厳しさを認識しながらも、根気よく日朝交流のため努力していくべきだと思う。私もイデオロギーは違うが、イデオロギーの違う自民党や保守系の人の中にもそういう考えをもつ人がふえないと門はあかない。是非そうなるよう微力ながら努力したいと思う。

128.2時間と36時間

 1985年6月30日、金日成主席は岸昌大阪府知事一行に接見した。主席は、大阪府知事一行の朝鮮訪問を熱烈に歓迎し、遠路をいとわず、わが国を訪ねてくれたことに謝意を表するとして、こう続けた。
 「東京から平壌まで空路で直行すれば2時間程度で来られるはずですが、中国の北京を経由してきたので、なんと36時間もかかりました。朝鮮と日本は地理的に近い国ですが、今は遠い国のようになっています」。
 そのあと主席は、日本の政治家である知事先生に会い、親友になれたことをうれしく思う、知事先生は在日朝鮮同胞の民族的権利を守り、祖国の統一をめざす総聯の活動を大いに援助してくれていると謝意を表し、「知事先生とは今日はじめてお会いしますが、旧知に会ったような気がします。あなたがたとは平壌でお会いすべきでしたが、ここに来て指導にあたっているので、そうすることができず、こちらに来ていただくことにしました。平壌でお会いできず、遠い地方までご足労を願って申し訳ありません。……
 知事先生は日朝関係の改善と発展のためにあらゆる努力をつくすと言われましたが、それは望ましいことだと思います。われわれとしても、朝鮮と日本との関係が改善されることを望んでいます」として、次のように語った。
 「わが国の周辺には中国、ソ連、日本があります。われわれは現在、中国ともソ連とも良好な関係を保っています。けれども日本との関係はよくありません。もちろん、朝鮮と日本には相異なる社会体制が存在しています。しかし、それは朝鮮と日本が互いに敵視しなければならない理由にはなりません。事実、世界には社会体制の異なる国同士が良好な関係を保っている例は少なくありません。中国と日本は社会体制を異にしていますが、仲よくすごしています。われわれは、朝鮮と日本に存在する社会体制の違いが、両国の関係改善と発展の妨げとなってはならないと思います。わが国と日本の関係がいまだに改善されていないのは、もっぱら日本当局者がアメリカの『二つの朝鮮』政策に追従し、わが国に対する敵視政策を実施しているためです。アメリカはわが国を永久に分裂させ、南朝鮮を共和国北半部に対する侵略とソ連との対決のための軍事基地として利用しつづけるため、『二つの朝鮮』策動を執ように追求しています。……
 わが国と日本との関係を改善するためには、なによりも日本当局者がアメリカと南朝鮮分裂主義者の『二つの朝鮮』策動に追従しないようにすることです。日本当局者がアメリカと南朝鮮分裂主義者の『二つの朝鮮』策動に追従しているのは、わが国の統一問題に対し正しい見解をもっていないためです。日本当局者はわが国の軍事境界線を『反共防波堤』と称しています。彼らは、われわれが南朝鮮を『共産主義化』『赤化』しようとしているといっており、南朝鮮が『赤化』されれば共産主義の影響が日本にも及ぶものと考えているようです。われわれは南朝鮮を『赤化』する考えはなく、南朝鮮に社会主義体制を強要する考えもありません。われわれが強要するからといって、およそ40年間も存在してきた南朝鮮社会が、一両日の間に社会主義・共産主義社会になるようなこともないでしょう。
 われわれに南朝鮮を『赤化』する考えがないということは、1980年のわが党第6回大会の報告を見ればよくわかるはずです。われわれは第6回党大会の報告で、朝鮮の北と南に現存する思想と体制をそのまま存続させ、北と南が連合して高麗(コリョ)民主連邦共和国を創立するという方案と、高麗民主連邦共和国が実施すべき10大施政方針を示しました。われわれは高麗民主連邦共和国が実施すべき施政方針で、連邦共和国はいかなる国の衛星国にもならず、いかなる外部勢力にも依存しない完全な自主独立国家になるべきであることを明らかにしました。朝鮮半島は地理的に大国の間に挟まっているので、高麗民主連邦共和国がある一国の衛星国になると、周辺の他の国が快く思いません。したがって、高麗民主連邦共和国はいかなる外部勢力にも依存せず、いかなるブロックにも加担しない完全な自主独立国家、非同盟国になるのがもっとも理想的です。
 われわれは高麗民主連邦共和国が実施すべき施政方針でまた、国が統一される以前に南朝鮮に投資された外国の資本には手をふれず、その利権を引き続き保障することを明らかにしました。今南朝鮮には、日本だけでなくアメリカ、フランス、西ドイツなど世界各国の資本が導入されています。南朝鮮に投資した国の人たちは、朝鮮が統一されればそれが奪われるのではなかろうかという危倶の念をいだいています。われわれは彼らの利権を絶対に侵すようなことはせず、南朝鮮にある資本家の所有と企業活動に対しても、民族経済の発展に寄与するかぎり、反対しはしません。
 われわれは高麗民主連邦共和国が実施すべき施政方針で、対外関係においても世界のすべての国と友好関係を発展させるべきであると指摘しました。われわれは、アメリカがわが国に対する敵視政策を放棄し、わが民族の自主権を尊重するなら、アメリカともよい関係を結ぶでしょう。わが党が堅持しているこのような立場を日本人に正しく認識させるため、朝鮮と日本との人の往来を頻繁にすべきだという知事先生のお言葉ですが、その問題についてはわが国の関係者と協議してください。わたしは朝鮮と日本との人の往来を活発にすることには原則的に賛成です。朝日両国の関係がどのように発展するかは、全的に日本側にかかっています。これから、知事先生のような識見をそなえた日本の政治家と人士が、朝日両国の関係の改善と発展のために積極的に努力するなら、両国人民間、諸政党および政治家同士の関係も好ましく発展し、両国政府間の関係も好ましく発展するものと思います。………
 わたしは、知事先生が今後とも、朝鮮と日本両国人民の関係を発展させるために大いに努力してくださるよう希望します。知事先生が今後、われわれと頻繁に連係を保ってくれることを望みます。われわれは今回はじめて会いましたが、これからまた会えば旧友になるでしょう」。