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見出し特別供覧「金日成主席と日本」31. 日本人民に対する朝鮮人民の親愛の情  
日)

 1972年2月、雑誌『世界』には、美濃部亮吉東京都知事の長文の「金日成主席会見記」が掲載された。美濃部亮吉氏は1971年10月25日から3週間にかけて朝鮮と中国を訪問したが、氏の朝中両国訪問は各方面の注目を引き、大きな波紋を呼んだ。美濃部氏は東京都知事としてはじめて朝鮮を公式訪問し、2日間金日成主席と会見した。
 1日目の会見は10月30日、朝鮮民主主義人民共和国内閣庁舎でおこなわれた。それは午餐会を含めて4時間半に及ぶ会見であった。2日目は翌31日、氏の宿所で行われた。以下には「金日成主席会見記」のほぼ全文が転載されているが、便宜上内容を九つの部分に分け、それぞれに小見出しを付けた。

主席 日本の記者のみなさんは、はじめての訪問なので写真をたくさんとるようですね。
美濃部 これからひきつづきもっと訪ねるようになるでしょう。
主席 それはよいことです。たばこをどうぞ。
美濃部 わたしはたばこを吸わないもので……
主席 わたしはまず美濃部先生を団長とする一行のわが国訪問をありがたく思います。きょうこうしてあなたに会えたことをたいへんうれしく思います。わたしはあなたがたとは初対面ですが、在日本朝鮮人総聨合会の韓徳銖(ハンドクス)議長と金炳植(キムビョンシク)副議長を通じて、あなたがたが在日朝鮮公民の事業に多くの支援をよせておられることをよく知っています。わたしはあなたと初対面ですが、あなたがたがわれわれの親友である韓徳銖議長とは旧知であり、親友であるため、日本人民の使節であるあなたを単に東京都知事としてばかりでなく、親友として迎えます。たいへんうれしく思います。このたびのあなたがたのわが国訪問は、朝鮮人民と日本人民との親善をつよめる上で大きく寄与することと思います。話しあいに入る前に、まずわれわれの同志を紹介します。(同席の幹部を紹介したあと) 健康のぐあいはいかがですか。
美濃部 ありがとうございます。わたしたちは貴国に到着してからいろいろ配慮していただき、たいへん気持ちよく、健康にすごしております。いま東京は、空気もよごれており、水もにごっておりますが、みんな平壌の清潔さと美しさに驚嘆しております。
主席 それはどうも。
美濃部 わたしはこのたび貴国を訪問することになりましたが、実は、5年前、わたしが東京都知事になったときから、できるだけ早く朝鮮民主主義人民共和国を訪問しようと考えていました。そうしてやっとこのたび貴国訪問が実現しました。今度わたしは三つの目的をもって訪ねて来ました。ひとつは、戦前に日本が朝鮮人民にたいしておかした数多くの過ちについて心からお詫びすることです。わたしは1100万の東京都民と、そして1100万都民と志を同じくする日本国民を代表して、朝鮮民主主義人民共和国を代表しておられる金日成首相に心からお詫びの気持ちを申上げるものです。これが、わたしのこのたびの訪問にあたっての第一の目的です。
 二つ目は、東京と平壌、日本と朝鮮民主主義人民共和国はきわめて近い距離にあります。このように近い両国であるにもかかわらず、いまのところ日本から平壌に来るのに2〜3日もかかる不自然で非合理的な状態にあります。それで一日も早く両国の関係を政治面で正常化し、文化、経済など各分野での交流を進めることが、アジアの平和を確立するための大きな問題の一つになると思います。そのため貴国と日本との関係を正常化するうえで何らかの寄与はできないものかというのが二つ目の目的です。
 三つ目に申上げたいことは、わたしは、1925年に大学を卒業して以来約40余年間マルクス経済学を勉強してまいりました。それ故にわたしは社会主義者であり、社会主義の実現を理想とする人間です。したがってわたしは戦争には絶対反対です。もちろんわたしが、金日成元帥がなされたような活動はできませんでしたが、日本国内でわたしのなしうることはやりましたし、反戦運動をやったという理由で2年間も獄中につながれたこともあります。わたしは今でも戦争には絶対反対であり、帝国主義に反対する立場に立っています。このような立場にたっているわたしとしては、貴国ですすめられている社会主義建設の早いテンポに非常な尊敬の念をいだいてきました。それで、直接自分の目で社会主義建設の状況を見たくもあり、また直接自分のからだで感じとってみよう、このように考えてきました。いうまでもなく、貴国と日本は社会主義と資本主義という体制の異なる国であります。しかし、貴国ですすめられている社会主義建設が多くの点でわれわれにとってたいへん参考になるものと考えますし、その実際を見ることができることをうれしく思います。一昨日からいろいろなところを参観しています。工業農業展覧館、金日成総合大学を参観しましたし、昨夜は、歌と舞踊を見物しました。わたしは、お世辞でいうのではなく、金日成首相の指導されておられる
社会主義建設にまったく頭がさがるばかりで、感心しています。
主席 ありがとうございます。
美濃部 わたしといっしょに来た小森君とも話したのですが、資本主義と社会主義の競争では、平壌の現状を見るだけで、その結論は明らかです。われわれは、資本主義の負けが明らかであると話し合いました。これから残っている数日間に、できるだけたくさん見てまわり、非常に困難な状況にある東京都の建設にわれわれが利用できるものは、できるだけ利用したいという考えをもっております。わたしたちはいろいろと配慮していただいていることについて心から感謝の意を表するものであります。
主席 さきほど美濃部先生が、戦前に日本人が行ったことについて朝鮮人民に詫びると言われましたが、日本人民としてはわれわれに詫びることはありません。日本人民が朝鮮人民を侵略したのでもなく、朝鮮を侵略したのでもありません。それはあくまで日本帝国主義反動集団のしたことであって、日本人民がしたものだとは考えておりません。もちろん、宗主国であったため、そのようなすまないという気持ちをいだくかもしれませんが、朝鮮人民も、日本人民も、人民はすべて善良でよい人民であるため、朝鮮人民と日本人民の間には、謝罪すべきこともなく、敵味方になるはずもありません。あるとすれば、日本帝国主義者がおかした犯罪的な行為があるだけです。これは過去においてばかりでなく、これからもありうることと思えば、朝鮮人民は日本人民と、過去にそうであったように今後とも親善的な関係を維持しなければならないと思います。われわれはこの問題について、このように理解しています。わたしは日本帝国主義に反対して数十年間たたかいましたが、日本人民に反対してたたかったことはありません。われわれはつねに日本の共産主義者、社会主義者たちと手をたずさえてたたかいました。
 さきほど、美濃部先生がマルクス主義者、社会主義者として活動してこられたといわれましたが、これはよろこばしいことであり、同志であると認めます。われわれはいまでも、わが国の人民に過去について話す時、日本帝国主義と軍国主義にたいしては、反対しなければならないといいますが、日本人民とはどこまでも親善関係を保たねばならないと教育しています。そういうわけなので、あなたがたがわが国の各地を参観される過程で、朝鮮人民が日本人民の使節であるあなたがたをいかに熱烈に歓迎しているかを身近に感ずることができると思います。