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見出し特別供覧「金日成主席と日本」   44.朝鮮の統一は日本にも利益    46.談論風発  
日)

44.朝鮮の統一は日本にも利益

 1970年代に入り、朝鮮を訪れる日本の人士は急増した。例えば、1972年1月から5月の訪朝人士は次のように多彩であった。
 日本社会党国際局長一行、日朝友好促進議員連盟代表団、『読売新聞』論説委員会顧問高木健夫氏と社会部通信主任佃有氏、共同通信社論説委員会委員長、日本社会党中央執行委員会委員・党国民運動局長伊藤茂氏、全国教育テレビ放送局報道部次長一行、日本社会党中央執行委員会副委員長赤松勇氏と加直子夫人、令嬢倭久子さん、日本高等学校サッカー代表団顧問として訪朝した日本テレビ社長・読売新聞社最高顧問小林興三次氏と同代表団メンバーの日本テレビ報道部長藤川魏也氏……朝鮮を訪れた代表団の中には、自由民主党国会議員久野忠治氏を団長とし、日本共産党国会議員春日正一氏、日本社会党国際局長川崎寛治氏、公明党衆議院議員瀬野栄次郎氏、民主社会党常任顧問、自由民主党衆議院議員を団員とする日朝友好促進議員連盟代表団もあった。
 代表団は帰国後、衆議院第二院会館で帰還報告会を行った。席上、久野忠治団長が発言した。氏は、広範な日本人民の意志を代表して超党派の代表団が朝鮮民主主義人民共和国を訪問したのは今回が初めてであり、これは日朝関係を改善するうえで大きな意義を持つとして、次のように述べた。
 ――わたしは、金日成元帥の卓越した指導のもとに、共和国北半部で朝鮮人民が進めている社会主義建設とその目覚ましい成果を目の当たりにして、こんなに素晴らしい隣国と日本との経済・文化交流をより積極的に推進しなければならないということを痛感した。朝鮮人民は民族の悲願である祖国の自主的平和統一を実現するために力強くたたかっており、朴正熙(パクチョンヒ)傀儡政権が唱えているいわゆる「北からの脅威」というものは真っ赤な嘘である。 板門店(パンムンジョム)を訪れて、誰が朝鮮の平和のために努力しているかをはっきり知った。わたしは、自主的平和統一をめざす朝鮮人民のたたかいを積極的に支持し、今後、日朝両国間の関係改善のために全力を尽くすつもりである――。
 代表団に同行した記者団団長の『読売新聞』記者は、朝鮮民主主義人民共和国に対する日本政府の不当な政策は時代の流れに逆行するものである、わたしは今後、日朝両国間の友好親善関係を強化するために努力するつもりである、と決意を表明した。
 このように、朝鮮人民と日本人民の親善のきずなが強まる中、日本の公明党代表団が空路、平壌に到着した。代表団は、公明党中央執行委員会委員長竹入義勝氏を団長とし、党政策審議会会長正木良明氏、党政策審議会副会長二見伸明氏、国際局長黒柳明氏、労働局長沖本泰幸氏、国会対策委員鳥居一雄氏を団員として構成されていた。代表団には代表団書記と『公明新聞』の記者たちが含まれていた。
 1972年6月1日、金日成主席は訪朝中の公明党代表団と会見した。席上、主席は、共和国政府と全朝鮮人民の名において竹入委員長を団長とする公明党代表団のわが国訪問を熱烈に歓迎するとして、あなた方のわが国訪問は朝鮮と日本両国人民の親善と団結を強めるうえに大きな貢献となる、あなた方の訪問はまた、国の平和的統一と社会主義建設をめざす朝鮮人民のたたかいを大いに励ますものだと述べた。
 そして、あなた方は会談を通じてわが国の実情についての通報を受けたことと思う、われわれもあなた方の通報内容を聞いた、それで今日はいくつかの問題について話し合いたいと思う、と言った。
 主席はまず、朝鮮の統一問題について話した。
 「あなた方は、朝鮮の統一問題が外部勢力の干渉を受けることなく朝鮮人民自身によって平和的に解決されることを望むと言いましたが、自主的平和統一は、南北朝鮮全人民の一致した願いです。わが国は日本の間近にある隣邦であるだけに、朝鮮の統一問題はあなた方にとっても大きな関心事となっていることと思います。わが国の統一問題はアジア人民はもとより、全世界の人民が注視している問題です。われわれは、世界各国人民とわれわれの隣邦にいる多くの友人の支持声援のもとに、祖国の自主的平和統一が必ず成就されるものと固く信じています」。
 ここで主席は、祖国統一の方案について具体的に説明した。
 「われわれの主張は、南北間に存在する不信と誤解を取り除き、体制と信教の違いを乗り越えて民族の大団結を実現しようというのです。ここで最も重要なのは、外部勢力の干渉を徹底的に排除することです。今、南朝鮮の為政者は、アメリカ帝国主義の軍隊を引き続き南朝鮮に引き止めようとしていますが、われわれはこれが理解できません。アメリカ帝国主義軍隊が南朝鮮に引き続き踏みとどまるべき理由は何もありません。アメリカ帝国主義者は、朝鮮人同士戦うおそれがあるので、それを防ぐため『国連軍』が南朝鮮で警察の役割を果たさねばならないというのです。彼らはまた、南朝鮮人民を『保護』するためアメリカ軍が南朝鮮に来ているのだといっています。これはみな途方もない口実にすぎません。わが国で停戦協定が結ばれてから20年近くなります。もともと停戦協定には、協定締結後3か月以内に双方の代表からなる政治会議を開いて、朝鮮問題を平和的に解決すべきことが指摘されています。だがアメリカ帝国主義者は今なお南朝鮮を武力で占領しています。……この20年間、南北の間に戦争をせず平和にすごしてきたのに、アメリカ帝国主義軍隊が今日まで『国連軍』の看板のもとに南朝鮮に駐留している必要が一体どこにあり、また南朝鮮の為政者がアメリカ軍を引き続き南朝鮮に引き止めておく必要がどこにあるのでしょうか。アメリカ軍が南朝鮮に駐留していなければならないなんらの理由もありません」。
 主席は、アメリカ帝国主義者とともに日本軍国主義者もわが国の平和統一に障害をつくりだしているとして、こう言葉を継いだ。
 「あなた方の国の政府を批判するのはなんですが、佐藤は1969年、ニクソンと共同コミュニケを発表したのち、朝鮮で戦争が起きた場合、対岸の火事として見過ごすわけにはいかないという侵略的な発言をしました。これは事実上、わが国に対する横暴な内政干渉です。今、アメリカ帝国主義者と日本軍国主義者は、南朝鮮の為政者と反動層をそそのかして、朝鮮民族の分裂を助長しています。彼らのこうした行為もやはりわが国の平和統一の妨げとなっています。他国が朝鮮問題に対して正しい立場をとろうとするならば、当然、朝鮮民族の分裂を助長すべきでなく、統一を促そうという念願から出発すべきです。もちろんわれわれが、帝国主義者や軍国主義者にこのような期待をかけることはできません。われわれとあなた方は、反動層とたたかう勢力であるだけに、朝鮮の統一問題に外部勢力が干渉できないようにするため、たたかわなければなりません。………あなた方は、『韓米相互防衛条約』と『韓日条約』がわが民族の大団結の妨げとなるのか、その破棄が南北政治協商の前提条件となるのかどうかについて質問しましたが、現在はそれが民族の団結の妨げとはならないと思います。この先どうなるかは今後のなりゆきいかんにかかっていると考えます。『韓米相互防衛条約』は軍事条約です。そして『韓日条約』は軍事条約として結ばれはしなかったとはいえ、1969年に佐藤とニクソンの共同コミュニケが発表されたのちは軍事的な性格をおびたものになりました。しかし、わが国の統一問題を解決するにあたっては、これらの条約を破棄するかどうかということより、どうすれば全民族の団結を実現できるか、ということのほうがもっと重要です。わが民族同士団結して、外部勢力の干渉を受けることなく朝鮮人の手で国を統一しようということに意見が一致すれば、軍事条約を破棄するのはそれほど問題にならないと思います。朝鮮人同士団結するうえで軍事条約が妨げとなるのなら、南北朝鮮がおのずと軍事条約の破棄問題をもちだすことになるでしょう。………民族の団結さえ実現すれば、軍事条約は不必要のものとなるでしょう」。
 主席は、国連に関する問題について次のような見解を示した。
 「われわれが『読売新聞』記者との談話で、国連が不法につくりあげた朝鮮問題に関する『決議』を取り消すか、そうでなければ朝鮮に対し正しい方針をとって、従来の不法な『決議』を無効にさせてもよい、と言ったことについて、あなた方は、その正しい方針とは具体的にどういうものかと質問しましたが、われわれはそれについて今のところなお研究中です。この問題は国連に対するわれわれの戦術問題と関連しています。われわれは、国連で朝鮮問題がどう扱われるかを見守りながら適当な戦術上の諸問題を提起しようと思っています。最も重要な問題は、朝鮮人同士の民族的団結を実現するうえで妨げとなる一切の要素を国連から一掃することです。特にわれわれは、国連が朝鮮問題を取り扱う際、ある一方を差別するようなことがあってはならないと主張するものです。………われわれは、国連で朝鮮問題をとりあげるかどうかを注視しています。もし国連が朝鮮民主主義人民共和国の代表を付帯条件なしに招請するならば、われわれは国連総会に代表を送るつもりです。われわれは、わが国の代表が国連総会に無条件に招請されるよう、あなた方が日本政府に働きかけていることに感謝しています」。
 主席は最後に、朝鮮と日本両国の関係問題について言及した。
 「日本の記者が日本と朝鮮は近くて遠い国だと書いていますが、それは適切な表現だと思います。朝鮮と日本が近い国でありながら遠い国になっているのは、朝鮮の平和統一の問題ともつながっており、また朝日両国の関係正常化の問題ともつながっています。あなた方は、朝日関係正常化問題の見通しについて質問しましたが、それは今のところ判断しがたいことです。朝日関係の見通しは何よりも、日本人民がわが国に対する日本政府の非友好的な態度に反対してどうたたかうかに大きくかかっています。今、日本人民の間では、朝日両国人民の親善を強めるたたかいが次第に高まっています。日本の公明党、社会党をはじめ多くの政党と進歩的な人々、そして広範な日本人民が、わが国に対する日本政府の非友好的な態度に反対し、わが国との関係を改善するためにたたかっています。特に、昨年の秋から日本の著名な人士や各政党の代表団などが親善をはかるため頻繁にわが国を訪れていますが、これはたいへん好ましいことだと思います。朝日両国の関係正常化と人民の親善をはかるために進められている日本人民のすべての運動が、わが国に対する日本政府の態度に影響を及ぼさないと見ることはできません。歴代の日本政府が、わが国に対してとってきた敵視政策を完全には変更しないとしても、朝日両国の関係改善を要求する日本人民の声をまったく無視することはできず、形なりにでも彼らの要求を少しずつ受け入れないわけにはいかないでしょう。あなた方もご承知のとおり、これまで日本政府は、祖国を訪問する総聯代表団の日本再入国を許さなかったが、今度はじめて在日朝鮮人祝賀団の再入国を許可しました。これはあなた方と日本の多くの進歩的な人々、言論界と各階層人民の積極的なたたかいによる貴い結実です。今後、日本人民の間で、朝日両国人民の親善をはかる運動が引き続き高まって日本政府に圧力を加えるならば、両国の関係は一歩一歩前進することでしょう。われわれは、朝日両国の関係正常化を望んではいますが、そのために日本政府に対し哀願外交をするつもりはありません。われわれが哀願外交をしなくても、日本人民のたたかいと圧力が強まれば、日本政府はわが国に対する態度をある程度変更しないわけにはいかなくなるでしょう。わが国に対する日本政府の態度は、日本政府が今後も今のような対米追随政策をつづけるかどうかという問題とも関連があると思います。アメリカ帝国主義者に追随する日本政府の政策が、佐藤内閣以後どうなるかは見守るほかはないでしょう。これは多くの問題とからみあっています。われわれの見るところでは、今、日本の支配層の中にも、アメリカに盲従していてはなんら得るものがなく、かえってとんだ目にあうのではないかと考える人たちもいるようです。彼らは、人民の強力なたたかいにもかかわらず、日本政府がアメリカ帝国主義者に追随して朝鮮分断の政策に固執しつづけるならば、それはむしろ南北朝鮮の全人民を団結させ、日本を相手にたたかわせる結果を招くのではないかとも考えることでしょう。朝日両国の関係正常化問題の見通しがどうなるかは、朝鮮人民自身にもかかっています。南北朝鮮人民がしっかりたたかって祖国を平和的に統一すれば、ゆくゆく日本で誰が政権の座につこうと、日本政府が統一されたわが国に対し、いつまでも非友好的な態度をとるわけにはいかないでしょう。朝日関係正常化問題の見通しについては大体こう見るのが正しいと考えるものです。あなた方は、朝日両国の関係正常化のために、当面して文化交流や記者交流などを広く行なってはどうかということですが、われわれはいつでもそれに応じる用意があります。日本政府が門戸を開きさえすれば、われわれは文化交流にも、記者交流にも応じられるし、いかなる交流にも応じることができます。問題は日本政府の態度にかかっています。あなた方は、沖縄にあるアメリカ帝国主義のすべての軍事基地を完全撤廃するためにたたかっているとのことですが、それは正しいことです。アメリカ帝国主義者が沖縄に軍事基地をそのままおいて利用するというのでは、沖縄が日本に返還されてもなんの意味もありません。日本人民が『日米安保条約』の廃棄と、日本にあるすべてのアメリカ帝国主義の軍事基地の撤廃を要求してたたかうのは、日本だけでなくアジアの平和のためにも切実に必要なことです。われわれは日本人民のこのようなたたかいを積極的に支持するものです」。
 朝鮮の統一は北朝鮮と南朝鮮の利益となるだけでなく、日本にとっても大きな利益となるという指摘は、主席の明晰な判断力と分析力によるものであった。


46.談論風発

 朝鮮を訪問して帰国する日本社会党出身参院議員田英夫氏の胸中には、談論風発という言葉が去来していた。田英夫氏は1947年東大経済学部を卒業後、共同通信社に入り、労組委員長を務め、60年同社文化部長を、さらに東大放送テレビニュース選択責任者を兼任した。71年参院全国区に社会党から出馬し最高得票で当選した。
 1972年9月10日、日本社会党参院議員代表団(団長は茜ヶ久保重光氏)の一員として訪朝し、金日成主席の接見を受けた。長年共同通信社で記者生活を送った氏は、とりわけ鋭敏な感覚で主席の話に聞き入った。後日、氏はこう書いている。
 「私は、新聞記者の経験もあり、さまざまな国の元首や首脳と会見した経験がありますが、あれほど身近でざっくばらんな、少しも偉そうなところがない人は初めてでした。その後、韓国の全斗煥(チョンドゥファン)大統領と会談したことがありますが、そのときには、私と彼の距離は5メートルぐらい離れていました。玉座のようなところに彼は座り、見下ろされる感じで話をしてきました。その際、いきなり『あなたは北に5回ほど行っていますね』と言うのです。私はその頃は、外交の記録をあまり詳しく残していなかったのですが、後で調べてみると、たしかに5回訪問していました。そのときの突然のそういう問いが、私が後に詳しく外交の記録を残すきっかけになるほど、威圧的なところがありました。金日成主席は、間に通訳の方を一人置くだけで、まったく私たちと距離をおかずに座って、普通の応接室で話をするような感じでした。
 主席との会談は、午前11時くらいから始まったのですが、1時間ほど経ったところで、そろそろ失礼しますと私たちが辞そうとすると、主席は『これから食事をご一緒しましょう』と言って、私たちを隣の部屋に招き入れ、丸い食卓を囲んで昼食をごちそうしてくれました。その日は、いよいよ日本に帰る日でした。だから私たちの視察の結果を『どうでしたか』とたずねられ、会食が始まりましたが、それはまさに談論風発という感じで終始しました。
 私は、新聞記者の経験から、すこし皮肉っぽくこんな質問をしてみました。
 『どこに行っても、このダムは私たちの領袖金日成主席のご指導でできたものです≠ニか、この果樹園は、あの戦争中、戦争が終わったらここに果樹園をつくろうねと私たちの領袖金日成主席が言われその指導で作ったものです≠ニ、すべて金日成主席の指導≠ニいうことだったのですが、主席はそういう専門技術の勉強をどこでされたのですか』。
 すると主席は、『わっはっは』と身体をゆすって笑い、『農民が、ここは条件がいいから、果実を作ると育つとか、建設関係の人がここにダムを作ればうまく水がたまって灌漑用水に使えるということを、教えてくれるんですよ』とほんねで答えられました。私の意地悪なそんな質問にも非常に率直に答えてくださったので、ますます親しみを覚えました。そのほか、植物や朝鮮戦争、アメリカの批判などについて、ぽんぽんという感じで話されました。………金日成主席は、そういう大型代表団を相手にされても、すこしも権威ぶらず、尊大ぶったところもなく、先ほどものべましたが本当に豪放磊落で、ざっくばらんです。初めて主席に会う方は、そういう主席にびっくりしたようでした」。