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見出し特別供覧「金日成主席と日本」   57. 日本の友人 
日)

 1973年9月19日、岩波書店常務取締役・総編集長緑川亨氏は金日成主席の接見を受けた。金日成主席は緑川亨氏と挨拶を交わした後、こう語った。
 「私は、緑川亨先生がわが国を訪問し、われわれとともに、朝鮮民主主義人民共和国創建25周年を迎えたことを、たいへんうれしく思います。あなたのわが国訪問は、朝鮮人民に対するあつい愛情と信頼のあらわれであります。私は、いま一人あなたのような日本の友人と知りあいになれたことをうれしく思うとともに、あなたのわが国訪問に感謝の意を表します」。
 日本の友人! 緑川亨氏は、その言葉を噛みしめた。なんと熱い愛情のこもったお言葉であろうか。今なお続く日本政府の朝鮮敵視政策を思うと、日本人の誰があえて主席の友人と名乗れようか。
 ところが主席は、こだわりなく自分を日本の友人と呼び、日本の親友を得たことをうれしく思うと言うのである。主席の表情には素朴な喜びの色が見えた。氏は恐縮し、何と答えてよいか分からず戸惑った。そんな氏に向かって主席は、岩波書店が友好的かつ兄弟的な立場に立って、朝鮮民主主義人民共和国の成果を広く紹介し、われわれに共感して、わが国のためすぐれた業績を積んでいることを有り難く思っている、お帰りになったら、岩波書店の社長をはじめ書店のみなさんに私の挨拶を伝えてほしいと言い、次のように述べた。
 「先ごろ岩波書店で出している雑誌『世界』が『韓国の現状』という論文を載せましたが、私はそれを全部読みました。それはたいへん興味ある論文でした。それにはわれわれに参考となる資料がたくさんあります。われわれにも南朝鮮について多くの資料がありますが、あなたがたが暴露した南朝鮮当局者の腐敗相は、われわれに民族的な怒りを呼び起こします。あなたがたが筆鋒するどく南朝鮮当局者の罪状と腐敗相を暴露し、批判するのは正しいことです。あなたがたはそれを暴露批判することによって、日本人民と南朝鮮人民、そして全世界人民の自覚を高めるのに助けとなっており、朝日両国人民の友好の強化に大いに寄与しています。あなたがたはまた、このような活動を通して進歩的思想を世界に広く紹介する上で重要な役割を果たしています。われわれは『世界』編集局のみなさんと岩波書店のみなさんが世界の進歩のために大きな努力を払っていることをよく知っています」。そのあと主席は、緑川亨氏の質問にこう答えた。
 「あなたは朝鮮民主主義人民共和国創建25周年を迎えた私の感想についてたずねましたが、われわれはちょうどこのたびの党中央委員会総会で、共和国が創建されてこの25年間、思想革命、技術革命、文化革命でおさめた成果を総括しました。ですから、その内容を話せば、あなたの質問に満足な回答を与えることになると思います。党中央委員会総会で一週間あまり総括した内容を短い時間に全部話すのはむずかしいことなので、重要な問題だけかいつまんで話そうと思います。………次にわが国と日本との関係についてお話しましょう。われわれがすでに何度も話したように、わが国と日本との国交正常化問題は、もっぱら日本政府の態度いかんにかかっています。われわれは今、わが国と日本との国交正常化問題についてそれほど神経を使っていません。国交が正常化されるからといって、わが国と日本との関係がすべて解決されるわけではありません。平壌に日本大使館が設置され、東京にわが国の大使館が設置されるからといって、わが国と日本との関係がすべて解決されるとは言えません。
 わが国と日本との関係を改善するうえで重要なのは、両国が互いに理解を深めることであり、とくに日本政府がわが国に対する敵視政策を中止することです。まだわが国と日本の間には十分な理解がありません。われわれはまず両国が互いに理解をさらに深めることが必要だと思います。あなたは、わが国の万寿台(マンスデ)芸術団の日本訪問が両国の理解を深めるうえで大きく寄与したと述べましたが、そうした評価に対し、ありがたく思います。わが国万寿台芸術団の日本訪問中に、日本の政党と大衆団体、各階層の人士たち、そして広範な人民が朝鮮人民に対する積極的な支持を表明しました。彼らは、わが国の芸術家たちを友人として、親友として歓待し、祖国の統一をめざす朝鮮人民のたたかいを積極的に支持してくれました。これは、われわれ両国人民間の関係が非常によいことを物語っています。わが国には、隣人はいとこにまさるということわざがありますが、
日本にもそのようなことわざがあるかもしれません。われわれは、わが国と日本が、社会体制は異なっていても、隣国としてよい関係をもち、両国人民間の友好と団結をいっそう強めることができると思います。 今後、日本政府の反対がなければ、われわれは万寿台芸術団の日本訪問のような往来をもっと多くしようと思います。そうなれば、朝日両国人民の友好関係はいっそう発展するでしょう」。
 主席の言葉に聞き入っていた緑川亨氏の目の前には、日本を訪問した万寿台芸術団に寄せられた嵐のような歓呼が蘇った。万寿台芸術団と日本人民の間の熱い交流には、思想と体制の差異、過去の好ましくない歴史的関係を乗り越える親善の情、平和の情がみなぎっていた。このような想像を絶する現実を生んだのは、金日成主席の熱いヒューマニズムだったのである。
 緑川亨氏は1923年、東京に生まれ、50年立教大学文学部卒業後岩波書店に入社して雑誌『世界』の編集に当たり、編集長吉野源三郎氏から進歩的な影響を受け、やがて『世界』編集長、編集部長を経て、70年岩波書店取締役、78〜90年3代目社長を務め、その間岩波文化の伝統を守り、出版の活性化をはかった。