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将軍と「中部魂」       (2013年10月25日)



ボー・グエン・ザップ将軍




ボー・グエン・ザップ将軍の国葬
 ボー・グエン・ザップ将軍が亡くなった。102歳。ベトナムの軍事指導者として知られた。20世紀のベトナムを語る時、その存在は重く、輝いていた。「ザップ」は、ベトナム戦争を知る世代にとっては忘れられない名前である。
 将軍は、1930年のインドシナ共産党結成と同時に入党し、故ホー・チ・ミン主席の片腕となり、支え続けた。1947年に人民解放軍最高司令官に就任する。1954年のディエンビエンフーの戦いの勝利はあまりにも有名だ。これがフランスの植民地支配の終結につながった。
 ベトナム戦争では、北ベトナム軍の総司令官としてゲリラ戦を展開し1968年、米軍と南ベトナム軍に対するテト攻勢を指揮。これをきっかけに米国で戦争反対の世論が高まり、米軍は撤退に追い込まれた。
 この20年ほどは、表舞台に出ることはあまりなかった。しかし、1昨年の満100歳の誕生日を迎え、記念行事が行われた、というから国民的な人気は健在だったのだろう。

 経歴を調べてみると、ザップ氏は、ベトナム中部のクアンビン省生まれであった。ベトナム中部はハノイ、サイゴン(現ホーチミン市)という二大拠点都市の「谷間」にある。トンキン湾とチュオンソン山脈が迫り、東西の国土幅がもっとも狭まる。耕作面積が少なく土地がやせ貧しい地域が多い。クアンビン省に隣接するハティン・ゲアン両省は特に貧しく「ゲアン省の人は木魚をおかずにして飯を食う」ということわざがある。
   おかずがなにもない時、木魚をみながらご飯を食べたというのだ。しかし、この地域はザップ氏をはじめ、ベトナムを支えた人材を輩出した。ファン・ボイ・チャウ、ホー・チ・ミンは、ハティン・ゲアン両省の出身である。

 ザップ氏は、優れた軍事戦略家であり、その判断力、決断力には定評があった。圧倒的な戦力を誇るフランス軍を破ったディエンビエンフーの戦いは、まさに粘り強さの勝利だった。
 貧しさの中で育くまれた克己心と精神的なタフさ、そして勤勉さ。それに加え、南北ベトナムを結ぶ回廊であり、ラオスとの交流も盛んだった中部地域の開放的な風土・環境もザップ氏らを輩出した要因だろう。
 12日にハノイで将軍の国葬が行われた。ベトナムの国葬は党書記長、主席、首相、国会議長の4人に限定されているが、将軍は特例という。









                                         







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