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ミャンマーとASEAN      (2013年10月30日)

 東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議が、ブルネイの首都バンダルスリブガワンで開催された。会議では、2015年までの「ASEAN共同体」構築について論じ合われた。来年はその実現に向けた正念場の年になるだろう。
 2014年の議長国は、ミャンマーである。政治体制、宗教、民族、言語が異なる国々が集まるASEANの会議は、議論をまとめる議長国のリーダーシップに注目が集まる。初の議長国となるミャンマーがその大役を果たせるのか、が心配であるが、それと同時に加盟以来「ASEANのお荷物」と言われてきたこの国が、議長国を引き受けることに感慨を覚える。

 ミャンマーは、1994年のASEAN外相会議を皮切りに議長国からのゲストとして参加していた。しかし、
人権問題を重視する欧米の「正式加盟反対」の声は強く、ASEAN各国は、歴史的にも経済・外交面でも
つながりが深い旧宗主国の意向を無視できなかった。だが、当時、ASEANの盟主と言われたマレーシアの
マハティール首相やインドネシアのスハルト大統領が、ミャンマーを孤立させずに受け入れ善導していくという「建設的関与」政策を打ち出し、ミャンマーは、1997年に加盟を果たす。

 ASEANには「内政不干渉」の原則がある。このためミャンマー軍事政権が、民主化指導者であるアウン・サン・スー・チーさんを軟禁するなどの行動に出ても、有効な対抗措置はとれない。国際的な非難が高まり、「軍事政権は加盟国全体の利益を損なう」というやっかいな存在になった。それでも加盟している以上、議長国の順番は来る。任期が1年の議長国は、アルファベット順により加盟国に回ってくるのが慣例だ。本来ならば、ミャンマーは、2006年に議長国になる予定だったが、結局、辞退した。そこには、さまざまな圧力があっただろうが、そもそも硬直した軍事政権に議長国の難しい役割を期待するのは無理だった。

 いま、次々と改革政策を打ち出すテインセイン政権に国際世論は好意的だ。来年のASEAN関連会議には、多くの国から政府高官、メディア関係者が集まる。議長国としての会議運営能力だけではなく、ミャンマーという国全体が評価の対象になる。

















                                         







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