本文へスキップ

アジア・ウオッチ・ネットワークはアジアに幅広取材アンテナを張ります。

アジア・ウオッチ・ネットワークAsiaWatchNetwork


メニュー亜細亜 飛耳長目

信任投票       (2013年7月11日)

グエン・タン・ズン首相

 ベトナム政治に「動き」が出てきた。共産党の一党独裁が続くベトナム政治のイメージでは、よく言えば「安定」、裏返せば「停滞」で、市場経済を取り入れ、躍動感を見せる「経済」に対し、面白みがなかった。その「政治」に変化の兆しが見え始めたのだ。
 ベトナム国会は6月、グエン・タン・ズン首相ら要職者47人に対する初の信任投票を行った。各議員が信任度を「高い」「普通」「低い」の3段階で評価して投票する。「低い」が3分の2を超え、あるいは2年連続で過半数となった場合、辞任するか、第二弾の信任投票に付される。そこで不信任が過半数となれば、解任される、というシステムだ。今回、498人の国会議員のうち492人が投票した。結果はすぐ公表され、首相に対して信任度が「低い」としたのは160票と、209票だったグエン・バン・ビン中央銀行総裁らに続き、47人中3番目の低評価となった。

 「低い信任票」が首相と中央銀行トップに集中したのは、経済の現状に不満を持つ議員が多かったからにほかならない。ベトナムの昨年の国内総生産(GDP)の実質成長率は5%とアジア通貨危機の影響を受けた1999年以来の低迷ぶりだった。国民の間では、公務員の汚職体質も政府・党への不信が募っている。今回の結果は、国民と同様の不満が議員らにも共有されている実情を浮き彫りにしている、といえる。結局、首相は、解任は免れたが、経済の低迷という大状況の中で、金融機関の不良債権の処理、国営企業の改革、汚職など難問が積み重なっている。問題解決に道筋がみえないことに国民の反発が強かったわけだが、これは首相らだけの責任だろうか。

 ズン首相は南部のカマウ省に生まれ、ベトナム戦争時には南ベトナム解放民族戦線で活動。1976年にベトナムの統一が実現し、共産党の党務に従事した。1991年、第7回党大会で党中央委員に昇進。その後は、党政治局員、政治局常務委員に抜擢され、1997年、ファン・ヴァン・カイ内閣で第一副首相に就任。2001年、党政治局員に再選された。
 ファン・ヴァン・カイ首相の後継者と目され、2006年に首相に選出された。この経歴をみると、ズン首相は、市場経済化、改革・開放路線の「ドイモイ(刷新)」(1986年)の推進役だった「南部改革派」につながる。実際、ドイモイ採用20年の節目に首相に就任した際、主要閣僚に「改革派」を揃え、「ドイモイを一気に加速」との気構えだったという。
 そのズン氏にしても思うようにならない難問の数々…。それらは統一後の戦時型の統制経済時代からたい積してきた根の深い構造的な問題、のように思える。こうした情勢を背景に、体制引き締め、改革を促す一方で、国民にアピールする、という狙いが信任投票に込められていた。「国民の信頼低下が全体的危機に発展しかねない」という当局の懸念である。

 信任投票に対して、日本メディアは「国民の不満をそらす狙いがあるとみられる」、「国会議員の9割が共産党員で、なにも変わらないと実効性を疑う声も多い」などと懐疑的だった。その指摘は、一面では当たっているかもしれないが、今年1月、元政治家や著名知識人らが共産党一党独裁体制の変革を求める異例の意見書を公表、といった「政治の流れ」にも注目したい。
 改めて指摘するが、いまの事態を招いたのは、ズン首相らの個人的な能力不足や怠慢ではない。信任投票システムの導入は、構造的改革の不可避さの方向性も示している。政治の「ドイモイ」がぼんやりとしながらも見えてきた――もう後戻りはできない、と思う。








                                         







English version (英語版)


Photo


ビデオ










アジア・ウオッチ・ネットワークAsia Watch Network

Bangkok, Thailand