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強権政治               (2015年4月07日)


リー・クアンユー元首相(シンガポール)


マハティール・ビン・モハマド 元首相(マレーシア)
 シンガポールのリー・クアンユー元首相が死去した。シンガポールがマレーシアと分離独立してから今年でちょうど50年。以来、この資源小国は、リー氏の指導のもとで国際金融や情報通信の一大拠点となり、1人当たりの国内総生産(GDP)で日本をしのぐ豊かな国となった。また、発足当初は「反共小国連合」の感があった東南アジア諸国連合(ASEAN)もいまや加盟国が10カ国の一大勢力に成長した。
 それも支えてきたリー氏。その死去により、ASEANの「顔」と言われた、当時の実力あるリーダーとしては、マレーシアのマハティール元首相のみが健在、ということになった。

 そのマハティール氏とリー氏の二人の関係は、両国の歴史そのものを反映した微妙な関係と言っていいだろう。分離独立前、中国系住民が中心のシンガポール州政府は、マレー系優遇策をとるマレーシア中央政府と鋭く対立していた。マハティール氏は州政府を率いるリー氏を「華人サイドに立ち、反マレー主義だ」として、リー氏批判を展開した。
 2人は分離独立前の議会で激しい論戦を繰り広げた。しかし、ともに国家運営を「開発独裁」路線で進め、長期政権を維持し、経済成長を実現させた点は似ていた。
 マハティール氏は、リー氏の死去後にブログで当時の対立について「良き国家のあり方を巡る考え方の違いのためだった。私たちは親友とは言えないが、それでもリー氏の死去を悲しく思う。ASEANはスハルト・インドネシア元大統領に続き、強力なリーダーを失った」とその死を悼んでいる。
 


 こうした強力なリーダーによる「開発独裁」の継続と成功は、周辺国にも影響を及ぼした。例えばタイ。タクシン氏は、政権を握るやビジネス感覚を政治に取り入れた。
 「政治とビジネスは同じで効率とスピードが大事」をモットーに経済成長を目指した。その一方で「国民に支持された政権に反対するのは『国民の敵』だ」との方針を明確化し、政府批判のメディアなどに圧力を加えた。シンガポールと同じ手法である。これに反発したバンコクの知識人らが「反タクシン運動」を展開し、タクシン政権が崩壊、いまの政治・社会状況に続く、といえるだろう。

 政治的自由をひとまず脇に置き、官民一体で経済開発を進める管理国家体制は「シンガポール株式会社」とも称された。タクシン政権はそれを目指しながらとん挫した。さて、リー氏がいないシンガポールの「次の一手」は?














                                         







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