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「春窮」から「経済大国」      (2015年7月1日)






日韓国交正常化50周年記念式典で挨拶をする
朴槿恵 大統領 (ソウル/6月22日)
 「シクサ ヘッソヨ」――韓国人のあいさつの決まり文句だ。「食事を済ませましたか」という意味で、日本人が「きょうは良いお天気で」とあいさつするのと同じ感覚だろう。なぜ、韓国人のあいさつが「シクサ ヘッソヨ」なのか。

 朝鮮半島は、動乱・激動の時代が長く続いた。この100年を振り返っても、日本の植民地支配、南北分断、朝鮮戦争…。その日の食べ物に事欠く時代もあった。「春窮」という言葉がある。冬が終わり、待ちに待っていた躍動の春。その時期に「窮」である。
 韓国の貧しかった農村では、厳しい冬を乗り切るためには、種まき用の穀物さえ手をつけなければならず、「光の春」が訪れても食べ物がない。これが「春窮」である。草の芽を摘み、木の根を掘り、木の皮を剥ぎ、やっと生命をつないだのだ。
 こうしたつらい記憶などから「シクサ ヘッソヨ」という「食」を気遣うあいさつになった、という説がある。自然災害の多い国土に住む日本人の「良いお天気で」とつながる心情が感じられる。


  しかし、いまの韓国は、「春窮」や「シクサ ヘッソヨ」の文字が奇異に感じられるほど豊かになった。朝鮮戦争により、工業生産設備もそのほとんどが破壊され、その後、米国からの援助などにより復興の道を歩むが、当時は「アジアの最貧国のひとつ」に数えられた。1965年の日韓国交正常化、朴正煕政権下の「漢江の奇跡」といわれた経済成長を経て、やっと1970年代半ばになって北朝鮮の国力・経済と並んだ。やがて、1990年代のアジア通貨危機に巻き込まれるが、経済・貿易面における体質改善・強化によって、いまや世界のベスト10に入る貿易大国となった。
 これが「春窮」―「経済・貿易大国」までの簡単な経過である。この発展のアクセル役になったのが日本の支援、協力である。

 今年は日韓基本条約調印から50年で、その記念行事が6月22日に東京とソウルで開かれ、安倍晋三首相と朴槿恵大統領がそれぞれ出席した。ともにあいさつで「両国が新たな協力と共存、共栄の未来をめざしてともに歩んでいきたい」と述べた。

 両首脳からは、50周年を転換点にした未来志向の関係構築の意欲が感じられた。それを実現するためには、日本は韓国の「春窮」にまつわる歴史を、韓国は「春窮」から抜け出し経済大国に至った間の日本の存在について、深く考えることが必要だろう。
 それが「日本にとっては韓国が、韓国にとっては日本が最も重要な隣国である」(安倍首相)という認識につながる。













                                         







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