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パンロン合意             (2016年12月30日)




難民となったロヒンギャ(2012年)
 2016年は、ミャンマーに関連したニュースが多かった。民主化運動のリーダーだったアウンサンスーチー氏が国家顧問兼外相に就任し、事実上、政権を切り回す存在になった。日本をはじめ主要国が、この国の潜在力に注目し、さまざまな投資・開発計画を示した。
 これらの動きを「明」とすれば「暗」は、ロヒンギャに象徴されるような少数民族の問題だろう。

 ミャンマーをはじめ東南アジアには、多くの少数民族が住む。中国南部からタイ族、ラオ族などが南下し、メコン川周辺に次々と途中下車し、各地に散らばった。
 結局、少数民族は、住みやすい平野部に落ち着いたタイ族などと住み分ける形で山岳部のあちこちに定住していった、という。
 ミャンマーには、人口の多くを占める主要民族のビルマ族以外に、タイ、中国、インドとの国境地帯に130以上の少数民族がいる、といわれる。植民地時代に英国は、それに注目し、民族間の分断・統治を進め、「ビルマ人対少数民族」という対立構造を強化した。
 第二次世界大戦後は、1947年2月に、ビルマ族を代表するアウンサン将軍(スーチー氏の父)とカチンなど少数民族がシャン州パンロンで会議を開き、独立後の国のあり方を定め、連邦制国家の樹立が決まった。それが「パンロン合意 」だが、その直後に将軍は暗殺された。
 以来、分離・独立をめざす少数民族が出てきては激しい抵抗運動を示した。少数民族との 和解・和平は、歴代の政権にとって大きな課題として残ったわけだ。

 現政権は、昨年8月に首都ネピドーで、「パンロン合意 」にちなみ和平会議「21世紀パンロン」を開催し民族紛争の終結へ向けた積極姿勢をみせた。スーチー氏は米国や日本などに先駆けて中国を訪問したが、国境地帯の少数民族に影響力を持つ中国の協力を引き出し、和平交渉を進展させる狙いがあったとされる。
 こうした和解姿勢の対象外となっているのがロヒンギャである。ロヒンギャは北西沿岸部(ラカイン州)に住み、推定人口80〜100万人といわれ、そのほとんどがイスラム教徒だ。財産没収、強制労働などの弾圧が繰り返されてきた。その苦痛から国外脱出する人々がいまも絶えない。歴代のミャンマー政府はロヒンギャを自国民とは認めず、「バングラデシュからの不法移民」と位置付けてきた。カチンやカレンなど土着の少数民族とは別、というわけだ。
 しかし、イスラム教徒が多いマレーシアのナジブ首相が、ロヒンギャの問題について「アウンサンスーチー氏は何のためにノーベル平和賞を受賞したのか」と述べるなど海外では非難、抗議の声が高まっている。いまこそ「パンロン合意」の原点・意義を確かめる時だろう。












                                         








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