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ドイモイ              (2016年5月18日)


「ドイモイ推進」を呼びかけるポスター


ハノイ市内の外資系ホテル
 ベトナムの「ドイモイ(刷新)政策」(1986年)がスタートしてから今年で30年。わたしが、初めて首都ハノイを訪れたのは、1998年だった。
 当時、数少ない高級ホテルには、従業員以外にベトナム人の姿はほとんどみかけず、宿泊客やレストランの利用客は、日本人や欧米人だった。それが、5年ほど経つと結婚式のパーティーなど多くのベトナム人が利用するようになった。懐が豊かになりつつあったベトナム人顧客を無視できなくなったのだ。
 そして、いま、ハノイ、ホーチミン市には、高級ホテルが林立し、高層ビルの一階には、ブランドショップが並び「これが社会主義国か」と思うほどの景観が広がる。

 ハノイの表玄関であるノイバイ空港に降り立つ。新ターミナルビルを抜け、高速道路に入る。日越友好橋を渡り、ハノイの中心部に向かう。ターミナルビルも道路も橋も日本が建設に協力した。これも開放政策の「ドイモイ」の成功の果実といえるだろう。
 「ドイモイ」のスタートする前のベトナムは、ベトナム戦争を経て統一を果たすが、カンボジア侵攻、中越戦争が勃発し、さらにソ連(当時)からの援助が打ち切られ、物が乏しく貧困にあえいでいた。
 「ドイモイ」は、それまでの重工業優先を転換するとともに国際経済参入を目指した。外国投資法も制定された。社会主義の政治体制を堅持しながら市場経済化を志向するという方針である。これにより、生活消費財の生産が拡大し、外国からの投資が増えた。

 「ドイモイ」の当初は、ベトナム戦争の後遺症により米越関係が好転せず、米国の感情を配慮した日本は政府・企業ともタイなどと比べ積極参入・関与は遠慮気味だった。しかし米越関係正常化(1995年)以降、日本をはじめ外国企業の参入が相次いだ。ベトナム経済が活性化し、次第に豊かになっていく。

 「ドイモイ」は、ベトナムの国際的地位の向上にも貢献した。例えば、APEC(アジア太平洋経済協力)の開催。2006年に、第18回APEC首脳会議がハノイで開かれた。東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発加盟国での初めての開催だった。
 来年には、第29回APEC首脳会議がダナンで開かれる予定だ。また、2007年には、世界貿易機関(WTO)に正式加盟している。この30年、ベトナムは、共産党一党独裁のもと、「ドイモイ」の方針通り、国を作り直し、高成長を続けてきた。人口約9,000万人の地域大国・ベトナム。貧富の差拡大や腐敗や人権など問題を抱えながらも「2020年までに工業国入り」を目標に、また動き出す。  












                                         







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