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国連事務総長             (2017年11月8日)



ダグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjold)
第2代国連事務総長)
 国連事務総長だったダグ・ハマーショルド氏の「悲劇」を憶えている方もいらっしゃると思う。搭乗した航空機がアフリカで墜落したのは1961年9月。現職の国連事務総長が墜落死したことに国際社会は衝撃を受けた。当時は、「事故」とされたが、最近になって、国連が設置した調査委員会の報告書が公表され、墜落原因が「外部からの攻撃や脅威」だった可能性がある、と指摘されたのだ。
 報道によると、報告書は、ハマーショルド氏が暗殺されたことを示唆する内容になっている、というから第二の衝撃である。
 ハマーショルド氏は、スウェーデンの外交官で、1953年、第2代国連事務総長に就任した。47歳で、事務総長の中で最年少記録である。
 そして在任中に死去した唯一の事務総長でもある。国際関係では、特にイスラエルとアラブ諸国の関係改善に尽力した。
 この墜落死は、アジアにも影響を及ぼす。ハマーショルド氏の後任に、ビルマ(現ミャンマー)のウ・タント氏が、総会において満場一致で国連事務総長代理に任命されたのだ。
 ハマーショルド氏の残任期を埋めるためのものであったが、1962年11月、事務総長に任命された。アジア人初の事務総長である。
 
 ウ・タント氏は、歴史学を学んだ教育者で、1957年に国連大使となった。敬虔な仏教徒として修養と研鑽を積み、奥深い教養は、尊敬を集めた。キューバのミサイル危機など東西冷戦下のいくつかの難問を乗り切った。ハマーショルド氏の亡き後、この「アジアの哲学を持つ知識人、宗教家」が、重責を果たした。

 それから50年以上が経つ。報道によると、ハマーショルド氏は、コンゴ動乱の停戦調停に赴く途上で、搭乗機は北ローデシア(現在のザンビア)で墜落した。墜落当時は、航空機にはボイスレコーダーなどがなく、パイロットの操縦ミスやその他の原因による「事故」と結論づけられたという。
 しかし、ミサイルによる撃墜の可能性を指摘する専門家らの声が高まリ、これを受け、国連は潘基文事務総長時代の2013年、事故の再調査を決めたのだ。
 ハマーショルド氏の後任事務総長にウ・タント氏が就任し、同じアジア出身の潘基文氏(韓国)が、その墜落死の再調査を行わせた、というめぐり合わせ。また、白人と黒人やアジア系などの非白人とを分ける人種隔離政策「アパルトヘイト」時代の南アフリカの機関の関与、という疑惑が取りざたされたこともあり、関心は高い。調査内容の詳細を待ちたい。












                                         









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