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独立戦争                (2017年3月26日)

 天皇、皇后両陛下がベトナムとタイを訪問した。タイではプミポン前国王の弔問をなさり、初訪問のベトナムでは、首都ハノイとフエの2都市に滞在した。一連の訪問で、両陛下が、ベトナムの元日本兵の家族と面会、いたわりの言葉をおかけした場面が強く印象に残った。

 元日本兵の家族とは、第二次大戦後、ベトナムに一時とどまった元日本兵の妻や子供たちである。元日本兵と結婚し、その後離別したベトナム人女性やその子供たちの苦難はあまり知られていなかったが、天皇陛下の意向で今回、面会が実現した。 
 元日本兵の妻や子供15人が両陛下の滞在先のホテルを訪れた。グエン・ティ・スアンさん(93)は「こんにちは」と日本語で天皇陛下を迎えた。
 陛下が「いろいろとご苦労もあったでしょう」と声をかけると、涙を見せたという。スアンさんは元日本兵と結婚、4人の子供を持ったが、夫は1954年に日本に帰国。その後50年以上、再会できなかった。

 激戦の舞台となった東南アジアには、戦後もそのまま現地に住み着き、溶け込んだ元日本兵が多数いた。1998年から4年間、新聞社の特派員としてバンコクを拠点に取材活動をしたが、タイとベトナムで4人の元日本兵と会い、話を聞いたことがある。ベトナムで会った方は、戦後、日本に一時帰り、その後、情勢が落ち着いてからホーチミン市に戻り、日系企業で働いた。

 4人から聞いた話をもとに分析すると、旧日本兵が戦後、そのまま祖国・日本に帰らず、残留を決めた動機として次の4つが挙げられる。
 @敗戦により部隊から離脱し、日本に帰れば軍法会議にかけられる、と判断し帰国をためらった
 A戦死した戦友を残して帰れない。遺骨収集などの慰霊のために残った
 B敗戦で廃虚になった祖国への失望感、帰っても暮らせない
 C現地での独立運動に参加――である。

 ベトナムで多かったのはCのケースである。日本敗退の後でも東南アジアでは、欧州諸国による植民地支配からの脱却を目指す独立闘争が展開され、それに加わった元日本兵も多い。ホーチミン市で会った元日本兵によると、ベトナムでは、戦後、多くの日本兵、軍関係者が残った。ベトミン(ベトナム独立同盟)軍に投じたり、一方でフランス軍に味方した者もあったという。フランスとの戦争が終結した1954年に日本への帰国が始まったが、ベトナム側は当初、妻子の同伴を認めなかった。妻や子供たちが残されたわけだ。
 かつて「南方」と呼ばれ、「内地」から兵士が続々と送り込まれた東南アジア。多くの元日本兵、そして残された妻子は、戦争に翻弄され、そしてそれぞれの苦難の戦後史を刻んできたと言える。陛下のお言葉は、家族の胸に深く刻み込まれただろう。












                                         








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