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ASEAN 50年の歴史         (2017年4月23日)



ASEAN本部(ジャカルタ)
 今年8月、東南アジア諸国連合(ASEAN)は、設立50周年を迎える。現在、東ティモールを除き東南アジアのほとんどの国・地域をカバーし、加盟国は10カ国を数えるまでになった。

 1961年にタイ、フィリピン、マラヤ連邦(現マレーシア)の3か国が結成した東南アジア連合がその前身だ。ベトナム戦争中の1967年8月、東南アジア諸国の共産化を恐れた米国の支援のもと、バンコクで現在の東南アジア諸国連合が設立された。 原加盟国は東南アジア連合の3ヶ国とインドネシア、1965年にマレーシアから独立したシンガポールの計5か国で、いずれも反共主義の立場だった。 
 その後、1984年にブルネイが加盟。それ以降、新規加盟国はなかなかなかったが、1995年、社会主義国家のベトナムを迎え入れ、ASEANが反共同盟から東南アジアの地域共同体へとかじ取りを変えた。そして最後の加盟国であるカンボジアを加え「10カ国体制」が完成した。

 しかし、その後、ミャンマー(1997年加盟)の存在が、ASEANの頭痛のタネとなってきた。人権問題を重視する欧米にはミャンマーの正式加盟に反対の声が強く、ASEAN各国は、歴史的にも経済・外交面でもつながりが深い旧宗主国の意向を無視できなかった。
 これに対し、当時、ASEANの盟主と言われたマレーシアのマハティール首相やインドネシアのスハルト大統領がミャンマーを孤立させずに受け入れて善導していくという「建設的関与」政策を打ち出し、加盟を推進させた、という経緯がある。
 だが、ASEANには「内政不干渉」の原則があり、ミャンマー軍事政権が過酷な人権弾圧におよんでも有効な措置はとれなかった。

 時代は変わった。そのミャンマーは、民主化され、軍事政権に弾圧されてきたアウン・サン・スー・チーさんが表舞台に躍り出た。加盟国10カ国が域内の貿易自由化や市場統合を通じて成長を目指す広域経済連携の枠組み「ASEAN経済共同体(AEC)」も発足した。計6億2000万人の域内人口が支える巨大な経済圏が始動した。
 東西冷戦下の1967年に地域協力機構として発足し、反共連合の側面もあったASEANは、「戦場から市場へ」と経済志向へと変わり、半世紀を経て、域内の一体化を進める。大きな節目を迎えた。












                                         








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