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軍政と亀裂             (2017年6月12日)



爆発現場に近い劇場(5月22日)
  軍事クーデター発生から丸3年を迎えたタイで、5月22日、バンコク市内の病院で爆弾によるとみられる爆発があった。この1週間前にも王宮周辺で爆発事件が発生した。
 だれが仕掛けたのか。イスラム教徒が多く住む最南部3県では分離・独立を目指す
武装勢力が軍や警察を狙ったテロを繰り返している。この10年で死者は計6200人にものぼるという。
 しかし、最南部のテロと今回のバンコクでの事件は手口が異なるとの指摘がある。
一方で、関与が疑われているのが軍政と対立しているタクシン元首相派である。
 クーデターで軍はタクシン派政権を倒し「国民和解」を掲げて中立の立場を強調したが、軍政による締め付けにより、タクシン派の不満が募っているのが実情だ。
 イスラム武装勢力によるものか、軍政と敵対するタクシン元首相支持者の一部が関与したのか。いずれにしてもこの国が抱える「火種」が改めて浮き彫りにされた事件だった。 
 タイという国を地政学的、歴史的に裁断すると、「三つの要因」が国内に亀裂をもたらしていると思う。
 一つは、仏教国タイの中に小島のように浮かぶイスラム圏の存在である。イスラム教がアラブからインドを経て東南アジアに信仰の体系として伝わるのは、9〜10世紀ごろといわれている。そしてマラッカ海峡の沿岸部の交易都市や島しょ部などで中心的な宗教として定着するのは13世紀以降である。
 タイ南部もその定着地で、近代国家になったタイに飲み込まれた後も分離独立運動が盛んに行われた。タイは仏教徒が90%以上を占めるが、パタニなど最南部では、イスラム教徒が圧倒的に多い。根深い対立が続いてきた。
 二つ目の要因は、東北タイ(イサン)に象徴される広大な貧しい農村部の不満である。イサンは土壌に恵まれず、本当は農業にも適していない。貧しいがゆえ1970年代は反政府運動の拠点ともなった。貧しい東北タイや北タイ、そしてその出身者の心をつかんだのが、経済通のタクシン氏だった。

 地方とビジネスを重視――このタクシン政権の施策に不満を持っていたのがバンコク首都圏の知識人・中産階級だった。タクシン政権時は、バンコク首都圏と南部イスラム圏が「反タクシン」、東北タイ・北タイは「親タクシン」という構図が鮮明になっていた。この対立が尾を引く。

 結局、タイ社会は、この三つの要素が絡み、融和・対立しながらその時々の社会状況をつくってきた、といえるだろう。この現実を国のリーダーがはっきりと認識し、それを融和の方向に向かわせる努力こそが求められる。












                                         









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