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強権政治(カンボジア)      (2017年9月26日)



カンボジア王宮(プノンペン)
 カンボジアのフン・セン政権は、最大野党のカンボジア救国党のケム・ソカ党首を国家反逆容疑で逮捕するなど、批判勢力への圧力を強めている。来年の下院選挙を前に、野党側を委縮させるのが狙いだろう。 ケム・ソカ党首の容疑は、外国の非政府組織と共謀、政権転覆を狙ったというもので、国家の安全保障に悪影響を与えた、とされる。容疑は、なにか「マユツバもの」を感じさせる。
 これだけではない。税務当局は政権に批判的な英字紙カンボジア・デーリーに過酷な税金を課した。日本円で7億円近い額で、同紙は発行継続を断念し、廃刊を表明している。政権の「強権極まり」というところだろう。
 
 
 ポル・ポト政権を倒したヘン・サムリン政権が樹立されたのは、1979年。約40年が経つが、この間は、その直系のフン・セン氏が首相にのぼりつめ、政敵を次々と押しのけて権力を握り、強化する過程だったといえる。
 国父の存在だったシアヌーク氏が、国王を退位以降、カンボジア社会での王室の存在感は薄くなり、フン・セン氏への権力集中が進んできた。長年にわたり野党の指導者としてフン・セン政権を批判し、反体制派を代表する政治家であるサム・レンシー氏らに対する弾圧が執拗に続いた。
 同氏は何度も名誉棄損の罪などに問われてきたが、2015年11月、フランスに亡命。昨年12月には虚偽の文書をフェイスブックに掲載したとして禁固5年の有罪判決を受けた。

 サム・レンシー氏は、救国党の党首だったが、今年2月、この有罪判決を理由に党が解党させられることを避けるため、党首を辞任し、離党を決断したという。その党首の後継であるケム・ソカ氏も逮捕されたのだ。
 なぜ、フン・セン政権が、こうした強硬姿勢を露骨に打ち出してきたのか。
 カンボジアは、内戦終結後、国際機関と欧米諸国から支援を軸に復興を進めてきた。そのために、民主主義を確立させる必要があった。しかし、経済大国として台頭してきた中国との関係を深め、その緊密化により、国際機関や欧米諸国からの援助の比重は低下した。強権的な政治運営を進めるハードルだった対外的な遠慮がいらなくなったのだ。

 フン・セン氏は最近、「今後10年は首相を務めたい」という考えを示している。政権と国の安定を図り、万全のレールを敷いたあと、息子らに後継を託したいのだろう。
 昨年の米大統領選の際には、あのトランプ氏の当選を望んでいたという。強引な政治手法に引き付けられるものがあったのかもしれない。












                                         









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