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港珠澳大橋             (2018年11月5日)


 中国本土・珠海市と香港およびマカオを結ぶ「港珠澳(コウシュオウ)」大橋が完成し、開通式が行われた。曲がりくねった道路橋や海底トンネルを含め全長55キロに及ぶ世界最長の海上橋である。
 マカオはカジノが盛んなことから「東洋のラスベガス」ともいわれている。これを目的に訪れる人も多い。また、ユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録され、観光のもう一つの魅力となっているが、「香港のついでに立ち寄る」という方々も多かったのではないか、と思う。
 それはともかく、この大橋の完成により、中国本土、香港からの「人の動き」は
さらに活発になるだろう。
 マカオに何度か訪れたことがある。ポルトガル支配時代の古い建造物が目に入る。それに象徴されるように、そこには興味深い歴史の秘話があった。
 マカオは1887年にポルトガルへ正式割譲され、ポルトガルの正式な領土となった。その後、1984年に行われた英国と中国の香港返還交渉に続いて、1987年、ポルトガルと中国が返還の共同声明に調印、マカオの行政管理権は、1999年に中国へ返還され、マカオは特別行政区になった。

 ポルトガル人は、インドの西海岸のゴアを16世紀から20世紀半ばまで領土にし、アジア進出の拠点にしていた。そこから東南アジアの東ティモールを直轄統治していた。
 その後、ポルトガルのアジア拠点はマカオに移るわけだ。英国などに押されて没落していくポルトガルにとって、このマカオと東ティモールは、わずかに残されたアジアの貴重な海外拠点だった。そして、このマカオと東ティモール、という組み合わせが、思いがけない事態を招くことになる。
 1975年に、東南アジアの地域大国・インドネシアは、東ティモールに侵攻するが、避難民や亡命者がマカオに殺到したのだ。当時「東ティモールとマカオとの間にポルトガルの地下鉄(地下脱出ルート)が走っている」といわれたという。

 東ティモールがやっとインドネシアの占領から独立したのは2002年5月。21世紀最初の独立国だった。新聞記者時代、独立をめぐる東ティモールとインドネシアの葛藤・混乱を取材した記憶が鮮明に残る。
 独立が遅れた理由の第一は、ポルトガルが、第二次大戦後にアジア諸国の独立が相次いだ中でも東ティモールを手放そうとはしなかったからだ。その事情はマカオも同じだ。

 中国本土と香港・マカオを結ぶ大橋の完成でその「マカオの顔」はどう変わるのか。中国・珠海と香港、マカオの3地域は近距離にありながら海で隔てられたうえ、「統治者」がそれぞれ違い、交流は思うように進んでいなかった。
 大橋の開通により香港からマカオや中国・珠海に車に乗れば約30分で行ける距離になった。まさに「一衣帯水」である。


                                         









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