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カンボジア特別法廷         (2018年12月11日)



特別法廷に出廷したヌオン・チア元人民代表会議議長


 カンボジアの旧ポル・ポト政権下で起きた大量殺害を裁く特別法廷が、少数民族に対する集団虐殺などの罪で、元最高幹部、ヌオン・チア元人民代表議会議長(92)とキュー・サムファン元国家幹部会議長(87)に終身刑を言い渡した。
 二人はプノンペンから住民を強制移住させたなどとして、人道に対する罪で、2016年にも終身刑が確定している。裁判を迅速化するため、住民の強制移住と少数民族虐殺の罪を分けて審理を進めていた。

 終身刑はカンボジアで最も重い刑で、2012年2月に確定判決が出たトゥールスレン政治犯収容所の元所長カン・ケ・イウ被告と合わせ、計3人の幹部が終身刑となったわけである。
 ポル・ポト元首相とは義理の兄弟の間柄で、政権崩壊後もゲリラ戦を続けていたナンバー3のイエン・サリ元副首相兼外相は、すでに死去しており、膨大な犠牲者を出した「負の歴史」に一定の区切りがついた形だ。

 この判決のニュースに接し、新聞社の東南アジア担当特派員だった時代の記憶が鮮明に浮かびあがってきた。私がバンコクに赴任したのは、1998年4月。ポル・ポト政権が崩壊したのは1979年だったが、ポル・ポト元首相は、 タイ国境付近で生き延びていた。
 ポル・ポト元首相やその政権を支えた幹部、軍人らが、タイ国境付近を中心に利権を持ちながら隠然たる勢力を保持していた。国民和合を目指す新生カンボジアにとっては、「喉に刺さったトゲ」だった。
 そして、私のバンコク赴任直後に元首相は死亡した。その後、ポル・ポト派の勢力は衰退の道をたどるが、元首相の死は大虐殺の真相解明に打撃を与えることになる。
 つまりヌオン・チア元人民代表議会議長ら、生き残った幹部は 「すべてポル・ポト元首相の指示に従ってやったこと。自分は無罪だ」との責任逃れに終始することが予想されたからだ。
 そこで始まったのが、特別法廷だった。2001年、カンボジアの裁判所の特別部として設立され、国連の関与のもとで、2006年7月から運営を開始した。

 今回、その特別法廷により、約10年がかりで元幹部の終身刑が確定した。なぜ、当時、ポル・ポト元首相や元幹部らに「残虐な心」が形成されていったのか。罪の裏に潜む、人の心の見えにくい闇の部分は照らし出されたのか。責任の明確化、そこに至らしめた動機などの解明ができたのか。
 ポル・ポト政権は、農業を基盤とする閉鎖的な共産主義社会の建設を目指し、都市住民を農村に強制移住させ、反抗する人々を多数処刑した。100万〜200万人の住民らが犠牲になったといわれる。
 この裁判・判決が「歴史の事実の開示」につながり、今後の「虐殺防止」に少しでも影響を与えることを願うばかりだ。





                                         









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