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カンボジア王室           (2018年2月28日)



ノロドム・シハモニ カンボジア国王
 カンボジアのフン・セン政権が、国王に対する不敬罪の新設を目指しているという。憲法など法規を改正する案はすでに下院を通過、上院も可決する見通しだ。
 改正案は「国王を侮辱」と断罪されて有罪になれば、最高で禁錮5年などが科される、という内容だ。

 カンボジア憲法は国王を「国家の統合と永続の象徴」と規定している。現在の国
王は故シアヌーク国王の息子で2004年に即位したシハモニ国王である。政権側は「カンボジアの独立、主権を守るため」と不敬罪の必要性を指摘しているが、これまでのフン・セン氏とカンボジア王室との関係を振り返ると唐突な感じは否めない。
 まず、カンボジアの国父といわれたシアヌーク元国王との関係だ。シアヌーク氏は
インドシナ戦争後の1953年、フランスから実質的な独立を勝ち取るが、1970年、クーデターで国を追われてから亡命生活を送り、カンボジア内戦後に帰国、1993年に国王に復帰した。2004年にシハモニ国王に王位を譲ったが、隠然たる影響力を持ち、2012年10月に死去した。
 国をリードした政治家であったばかりでなく、そのカリスマ性は大国との外交交渉などで威力を発揮した。そのシアヌーク氏のもう一人の息子であるラナリット氏とフン・セン氏の確執は有名である。
 1990年代の一時期には、カンボジアの政権はラナリット氏とフン・セン氏との2人首相制になったが、ラナリット氏が外国訪問中に武力衝突が起き、ラナリット氏が首相を解任され国外追放となったこともある。その後、ラナリット氏は政界復帰・引退を繰り返した。

 こうした政変劇の背景には、フン・セン政権と王室との間で権力をめぐる綱引きや確執があった。つまりフン・セン政権にとって王室の権威とシアヌーク元国王の威光が煙たかったのだ。
 シアヌーク氏が死去した後は、フン・セン政権の前には「巨大な敵」がいなくなり、権力集中が一気に進んだ。反体制派を代表する政治家である救国党前党首のサム・レンシー氏らを弾圧し続け、野党・批判勢力を骨抜きにしてきた。

 フン・セン氏は、いまやさらなる長期政権を目指してやりたい放題、の感がある。そして「不敬罪の新設」である。一部の救国党関係者は反国王派とみなされている、との指摘もある。 カンボジアでは7月に下院選を控えており、不敬罪が政権批判の口封じ策として政治利用されないか、という懸念は消えない。 フン・セン政権の「独走体制」に対する、シアヌ−ク元国王に代わるような歯止め役の登場が待たれる、と思っている国民は多いだろう。












                                         









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