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米空母のベトナム寄航        (2018年3月11日)



米空母「カールビンソン」
 ベトナム中部の中核都市・ダナンに3月5日、米空母カール・ビンソンが寄港した。米空母のベトナム寄港はベトナム戦争終結(1975年)以来、初めてで、現代史において意味を持つ寄港だ。
 カール・ビンソンは巡洋艦や駆逐艦と共に港に入った。
 報道によると、米国はかつての敵国との親善関係を深める好機とみて、両国の将兵によるスポーツ行事や会食などの交流を行った。ベトナム戦争時に米軍が散布した枯れ葉剤の被害者が収容されている施設を訪問した米乗組員もいたという。
 戦争当時、米国と戦った北ベトナムは、米軍の監視から逃れるためジャングルや山間部を貫く「ホーチミン・ルート」 を作り上げ、南側の友軍に物資輸送した。
 米軍は、このルートをたたくために枯葉剤を散布し、大量の爆弾を投下した。その被害者を米軍空母関係者が慰問することは、米越の友好関係強化を象徴するものだ。 
 米越は、ベトナム戦争終結から20年後の1995年に国交正常化し、2000年にクリントン米大統領(当時)が現職大統領として戦争後初めてベトナムを訪問した。この時、わたしも取材のためハノイ入りしていたが、市民が街頭を埋め尽くし、その歓迎ぶりに驚いた記憶がある。
 このあと2015年にはグエン・フー・チョン共産党書記長がベトナムの最高指導者として初訪米した。翌年、オバマ米政権がベトナムへの武器輸出を解禁、経済関係も深まっており、米国はベトナムの最大の輸出相手国になった。昨年11月にはトランプ大統領がベトナムを公式訪問し、両国は貿易、投資の拡大や防衛協力を盛り込んだ共同声明を発表している。

 ダナンといえば、南ベトナム領内だった1965年当時、米海兵隊が上陸した地点だった。これが米国によるベトナム戦争への直接介入の始まりである。米国だけではない。フランスも1847年にダナンを砲撃し、侵攻を始めた。これを皮切りに、フランス領インドシナ連邦が構築されていく。長いフランスの植民地化の動きもダナンから始まったのだ。
 ベトナムは、こうした戦火のほとばしった因縁の場所・ダナンに敵国だった米国の空母を迎えることで、関係強化をよりアピールしたかったのだろう。クリテンブリンク駐ベトナム米国大使も声明で「近年我々が成し遂げた劇的な2国間関係の進展を示している」と評価した。

 南シナ海では、中国が、南沙諸島に人工島を造成、滑走路やレーダー施設などを建設している。今回の寄港は、米越両国がそろって中国の「膨張」をけん制する狙いがある。ダナンが、そのけん制のための「灯台」となり、中国の海上行動を照らし出す。












                                         









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