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Extra#8 世界遺産・開城/600年後に現れた高麗王印(玉璽)と族譜

   
高麗王朝の始祖・王建の子孫





 国連教育科学文化機関(ユネスコ=UNESCO)、第37回世界遺産委員会は、朝鮮最初の統一国家・高麗王朝の都だった北朝鮮・開城市の歴史遺跡地区を世界文化遺産に登録することを決めた。北朝鮮の世界遺産は、2004年に平壌近郊の高句麗古墳群が登録されたのに続き、2番目になる。

 高麗王朝は、918年に王建(太祖)が建て、1392年に李成桂がクーデターで朝鮮王朝をスタートさせるまで474年間続いた。古都、開城市には高麗時代の遺物を展示する高麗博物館がある。この博物館で一番の注目を集めているのは、高麗王の印・玉璽(ぎょくじ)と王氏の族譜である。

 この玉璽と族譜は、文明国として栄えた高麗王朝が滅ぶと同時に行方不明となった。王氏一族の一人が朝鮮王朝の弾圧を避けて玉璽と族譜を隠したからである。そして、王氏一族は姓名を変え、人目を避けて山村で暮しながら、高麗王の象徴を密かに守り続けた。
 その後、朝鮮王朝、大韓帝国と時代が移るが、高麗の玉璽と族譜は代を継いで守られた。朝鮮半島最初の統一王朝の象徴ともいえる遺物の喪失は「朝鮮の破滅」と信じられてきた。朝鮮半島が植民地となった
日帝時代に、この思いはより強まったと言われている。

 1948年9月、朝鮮民主主義人民共和国が誕生し、これまで世俗から離れて暮していた王氏の子孫も新社会の一構成員となった。1992年5月、金日成主席は王建王陵を訪問した。
 そこで、半島最初の統一王朝・高麗の始祖王の墓にふさわしく改築するように指示した。王氏の子孫は、開祖・王建の業績と高麗が再び公正に評価されたと感激し、玉璽と族譜を公表することに決めた。









(アジア・ウオッチ・ネットワーク 小堀 新之助)




























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